近年、夫婦が「同じ姓にするか」「別々の姓にするか」を選べる、いわゆる“選択的夫婦別姓”を実現しようという機運が高まっている。
日本では夫婦は妻か夫の名字を称する夫婦同姓制度が採用されているが、別姓を求める人たちからは「代々受け継いできた名字を変えたくない」「変えることで職業上不便が多い」「名字変更手続きなどの負担を強いられる」といった声が上がっている。サイボウズの青野慶久社長も一昨年、外国人との結婚では別姓を選択できるのに、日本人同士の結婚で選択できないのは戸籍法の不備で、法の下の平等を定めた憲法14条にも違反するとして国を提訴しているが、2月の控訴審判決で東京高裁は原告の請求を棄却している。
15日の『ABEMA Prime』では、こうした議論のうち、「選択的夫婦別姓」の導入について考えた。
■国と争う弁護士「これはハートの問題だ」
前出のサイボウズの青野氏を始め、夫婦別姓を選択したいという人たちは、「銀行口座、証券口座、クレジットカード、免許証、パスポート、健康保険などの変更手続き」「株式の変更には81万円かかった」「日々、青野という旧姓と西端という戸籍名を使い分ける手間が発生」「名前が変わる精神的ストレスだけでなく経済的合理性から見ても損失」などの不利益を被っていると主張している。
青野氏と同じく、国と争っているのが、弁護士の出口裕規さんと妻のA子さんだ。再婚同士で、長女と次女はAの連れ子。A子さんは離婚した際に旧姓に戻ったが、子どもは前夫Yさんの希望により、戸籍はそのまま、名字をY姓のままとした。法律では離婚後15歳以上になれば自らの意志で父母どちらかの名字を選択することが可能となっていることから、いずれ母の旧姓に変更しようと考えていたという。
ところが出口さんとの結婚により、A子さんだけが出口姓になった。つまり、子どもたちは母の旧姓が選べなくなり、生まれた時から慣れ親しんだY姓を名乗り続けるか、馴染みのない出口姓を名乗るかを選ばなくてはいけなくなったのだ。現行法で4人が同じ名字を名乗るためには、出口さんが2人を養子縁組するか、家庭裁判所に申し出て名字を変更する、そして出口さん夫婦が妻のY姓を名乗るという方法が考えられる。
2人の子どもは周囲の目も気になる思春期。子どもたちだけ旧姓のまま婚姻届を提出したA子さん。しかしこれが受理されなかったため、提訴に踏み切った。しかし先月、控訴審でも訴えは棄却され、上告中だ。
出口弁護士は「私が妻と入籍した当時、子どもたちは小学6年生と中学3年生だった。妻が離婚する時の約定で、子どもたちが15歳になるまでは父の名字を名乗るという取り決めをしていた。前夫としては15歳とは言わず大人になるまで自分、父親の名前を名乗って欲しいということを子どもたちにも言っていたようだ。シビアかつ現実的な話だが、例えば私が妻の子どもたちと養子縁組した場合、前夫が払う養育費の額、法律関係にも影響する。そういったことも考えなくてはいけない」と話す。
その上で「これはハートの問題だ。子どもたちとしては母親と違う名字は違和感があるし、母親の旧姓で同じ名字になりたいと希望している。細かい話になるが、東京都から交付される医療証でも、保護者欄の母親は出口姓で、子どもは前夫の名字で記載されている。これを持って病人に行った時にどう感じるかという話だ。あるいは家族でボルダリングに行ったときに書く申込書で、私と母親は出口、子どもたちは前夫の名字を書いているし、妻と子どもたち宛てた年賀状を書く方々も、きっと苦心されるだろうと想像する」とした。
■慎重派は「現行の戸籍制度との相性が悪い」
「選択的夫婦別姓を認めることで誰が困るのか、そもそも戸籍は無くても良いのではないか」といった意見に対し、選択的夫婦別姓の導入に慎重な姿勢を示す麗澤大学教授の八木秀次氏(憲法学)は、「夫婦別姓を認めない人たちを“古い考え方だ”と批判することがあるが、この問題は戸籍制度と一体のものだが、その制度設計を理解していない方が多い。その視点を抜きに議論すると混乱するのではないかと思う」と指摘する。
「現行の戸籍制度では、一つの戸籍に記載されている者は同じ姓、氏を名乗る一戸籍一氏制を取っている。結婚した際には親の戸籍を出て、夫婦で新しい戸籍を作ることになっているが、その際には戸籍の筆頭者を決め、その姓、氏を家族の呼称、呼び名し、生まれた子どももその姓を名乗る。選択制であれ、これを別にしてしまうと、制度としてファミリーネームが廃止され、1つの戸籍の中に2つの氏が存在することになってしまう。そうなると、財産関係の手続きにも響いてくる。過去の記載の転記を間違えると、かつての年金記録問題のように大変な問題になってしまう。戸籍制度とは違う人事管理制度を作るというのであれば話は別だが、それにも途方もない努力を必要とする。また、ファミリーネームを持たない存在を制度として認めることになると、氏名の公的性格ががらっと変わってしまう。こうした点は、平成8年の段階で選択的夫婦別姓の制度設計をしようとした法務省の担当者が指摘している問題でもある」。
その上で八木氏は「今の制度を維持しながら不便を解消していくことを考えると、戸籍上は同姓としながら、職業上、あるいは社会生活上は旧姓を通称として使用できるようにしていくのが最も現実的な解決策だと思う。民法や戸籍とは離して、労働法制の問題として通称使用を認めるように持っていくことが必要だ」とした。
また、元経産官僚の宇佐美典也氏は、八木氏に近い考え方だとしながらも、別の制度の創設を提案する。
「伝統を守りたいというわけではないが、選択的夫婦別姓を今の婚姻制度と一緒にしてしまうのは、現行のシステムと相性が悪いと思う。結婚とは法律上、同じ姓の一つの家族として戸籍に入るということだ。そして、家族は一世代のものではなく、受け継がれていくものだ。その前提で全ての制度と紐づいているので、ひっくり返してしまうと家計や遺産など、制度改正が大きくなりすぎてしまう。そうであれば、戸籍制度に無理に紐づけるのではなく、新しい事実婚のような制度を作り、同姓の家族と同じような扱いを受けられるようにすればいい」。
■乙武氏「制度のために僕らが生きているのか、僕らのために制度があるのか。
前出の出口弁護士は「既に平成8年の法制審議会で選択的夫婦別氏制度などを内容とする民法改正案を法務大臣が答申している。合わせて内閣法制局の部長も戸籍制度のテクニカルなところの改正私案を公表するなどの機運があった。しかし最終的には国会の法案審査が止まってしまった。推測するに与党審査の段階で自民党の議員さんが止めたと考えざるを得ない。つまり、自民党がやる気になればすぐ変わる話だ」と話す。
議論を受けて、慶應義塾大学の夏野剛・特別招聘教授は「ソフトバンクの孫さんは元々違う名前だったが、変えている。にも関わらず夫婦は1つしか選べないというのは合理性がない。選択的夫婦別姓に反対する人は民主主義に反対している気がする。現行システムに馴染まないとか、今までこうやってきたからという理由はあるかもしれないが、今の社会のニーズにどうやって応えるかということが、行政、国家の仕組みの大事な役割ではないか。女性の社会進出が進み、離婚もこれだけ増えている。1つの戸籍に2つの名前を登録することを選択的できるようにする、というシステム変更をするだけで全ての問題は解決するにも関わらず認められない。むしろやらない理由を作っているようにしか思えなくて残念だ。反対している国会議員の方々は、もう結婚もしない高齢者の方が多いので、自分には関係ないと思っているのだろう」と厳しく批判。
また、日本人が外国人と結婚した場合について、八木氏は「外国人と結婚した場合には、日本国の戸籍には記載されない。身分事項として一部が記載されるだけだ」と説明。すると日本人の妻と結婚しているアメリカ出身のお笑い芸人・パックンは「妻は僕と同じ名字だが、僕は妻の戸籍には入っていない。それでも全く問題ないし、妻が旧姓を名乗ることもある。つまり、通称という解決策としてはうまくいっている。しかし、僕は夫婦別姓が当たり前の国から来ている。戸籍制度にこだわるのであれば(ハイフンを使って)2人の名字をファミリーネームにして、それ以外は全部通称にすればよい。アメリカはそうなっている。困っている人を助けようとしないのは非民主的だ」と話す。
作家の乙武洋匡氏も「制度のために僕らが生きているのか、僕らのために制度があるのか。“制度が合わなくなってきていから変えませんか”という話をしているのに、“こういう制度になっているから我慢してください”と言うのは違う気がする」と疑問を投げかける。
すると宇佐美氏は「僕も戸籍制度は徐々に“オワコン”にしていくべきだと思う。だからこそ既存の制度とごっちゃにするとややこしくなるので、同性婚も含め、家族をベースに考えて、一世代ごとの“家族籍”みたいなものを作って議論していかないといけないということだ。家族の形が多様だから既存の戸籍制度の枠に収めるのではなくて、一世代ごとに家族と定義して、それを既存の戸籍制度と同じくらいに保護するという議論をしなくてはいけないのではないかということだ」とコメント。八木氏も「私も半分くらい同じ意見だ。最初から言っている通り、今の戸籍制度の中に収めるのは非常に難しいということだ。しかし、全く別の人事管理システムを作るのは相当な労力を必要とすることを想像しなくてはいけない。やはり現実的な解決策は、旧姓の通称使用になるのではないかと思う」と重ねて説明した。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
▶映像:家族は同じ名字であるべき? "改革の本丸は戸籍制度" 選択的夫婦別姓なぜ認められず?
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