将棋に向かうストイックな姿勢から“軍曹”“中尉”などと呼ばれる永瀬拓矢王座(28)。最近、揮毫には「鬼」の字を取り入れたが、まさに研究の鬼だ。日頃の勉強の中で「5割は超える」という研究会には、藤井聡太二冠(18)も加わっていることで知られるが、笑顔で語る表情とは裏腹に、危機感を持って苦しい研究を続けているという。そうまでして研究する理由は「進化しないと古くなる」という思いからだ。
【中継】永瀬拓矢王座、初防衛なるか 久保利明九段と王座戦第5局
10月12日時点での通算成績は、519局で374勝143敗、勝率.7234(公表分)。日々、タイトルホルダー、経験者と戦う位置にいる棋士として、勝率7割超えは抜群の成績だ。棋風としては、華々しい攻め合い・斬り合いではなく、絶対に負けない将棋を目指すタイプ。また長時間の対局や千日手、持将棋も厭わない。「スタミナ」という表現を使うのであれば、ぴったりくる。
そのスタミナは、実戦だけでなく研究でも発揮されている。研究会には若い棋士に声をかけ、新しいものを取り入れようとする。「若い子がいいとは思いますね。世代の感覚の差がわかるので。年代が上になってくる方が、古くなってくるのは当然のことで、既存の感覚に頼ってしまうところもある。それはどこの世界も同じなのかなと思います」と、常に自分の指している将棋に疑問を投げかける。それゆえに「新しいものを取り入れていくのはつらいですけど、大事なことだと思います」と、せっかく自分が作ったものを壊してまた築くという作業工程に苦しみながら、また前進する。
ひとことに成長する、進化するといっても、そう簡単にできるものでもない。成績がついてくれば、そこに頼りたくもなるが、過去の歴史はそれを許さない。流行した戦法に対しては必ず攻略法が見つけられ、新たな戦法に活路を見出す。長い将棋の歴史は、その繰り返しだ。「進化しないと古くなるというか、進化していれば古くない。ちゃんとアップグレードすればいいと思うんです」と、絶対に時代に取り残されまいとする思いが、言葉に滲み出ている。
初参戦となった将棋日本シリーズ JTプロ公式戦では決勝に進み、順位戦B級1組では開幕から6連勝と全勝で折り返した。未来の名人候補の一人であることは間違いないが「A級に上がらないことには、名人の可能性はゼロなので。小さいころは名人を意識するレベルになかった気がしますし、当時から(同世代で)抜けている方でもなかったですから。意識するのは挑戦が決まってからですね」と、浮つく言葉の一つもない。
最近、揮毫では「鬼」「亀」といった字を使うことにした。将棋同様、さぞ何か言葉の意味を調べて採用したかと思えば「書きやすそうなんですよね。字を書くのが好きなんですが、字を書くというよりお絵かきに近い。字の意味じゃなくて形、ビジュアルが好きなんです」と、見た目が好みだという意外な言葉が返ってきた。これもまた新感覚の揮毫、とも言えるだろう。
棋士としては実績、経験が噛み合う年代とも言われる20代後半。苦しみながらも貪欲に新しいものを取り入れ続ける永瀬王座は、1カ月もしたらまるで別物の何かに、急速に進化しているかもしれない。
(ABEMA/将棋チャンネルより)