“すぐ役に立つものを”の風潮の中、弱る日本の基礎研究 一般人が“推し研究者”を支援できるプラットフォームも登場
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 「“役に立つ”という言葉は、とっても社会をダメにしていると思っている」。これは純粋な知的好奇心で行う研究や基礎研究よりも、実用的で、すぐに役に立つ応用研究を重要視する風潮に警鐘を鳴らす、ノーベル医学生理学賞を受賞した東京工業大学 ・大隅良典栄誉教授の言葉だ。

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 茨城県つくば市にある気象庁の気象研究所内で、空に向けスマホを掲げる男性。「雲は人生だ」と話す、雲研究者の荒木健太郎氏(36)だ。もともと数学が好きだったという荒木氏は、数学を用いて生活に密着した分野の研究がしたいと、大学では経済学を専攻。ところが興味の持てる研究、研究室との出会いがなかったため、気象庁の気象大学校に入学しなおし、予報や観測に携わるうちに、雲の研究を志すようになったという。

 「一般向けの本を書く中で、雲を擬人化して分かりやすく説明しようと考えた。その時に初めて“雲目線”、“雲の心情”を考えた。それから好きになった。雲は風に流され、大気の状況で姿・形を刻々と変えていく。その時にしか出会えない、まさに一期一会の存在。それが魅力だ。その姿を収めておきたくて、写真も撮るようになった」。

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 荒木氏が撮影、アップした写真はTwitterでも大人気で、大ヒット映画『天気の子』でも気象監修を手掛けた。そんな荒木氏と4年前から親交があるという気象予報士の穂川果音は「本当に数少ない私の“気象友達”の一人だし、空の見方を教えてくれる師匠的な存在。季節や場所によって雲はバラバラだし、見に行くのがすごく楽しい」と話す。

 一方、“雲の研究が何かの役に立つのだろうか”、そんな疑問を投げかけられることもある。穂川は「雲のことを解明していくと、天気予報の精度が上がっていく可能性がある」は指摘。荒木氏はもとくに災害をもたらすような雲の仕組みを研究することは、防災、減災に繋がる。特に今年は線状降水帯と呼ばれる、積乱雲が列をなしたような雲が九州中心に甚大な被害をもたらした。これらについては、まだ予測精度が十分でないところがある。その実態を解明した上で、高精度な監視・予測をする技術を開発し、より早く、より正確な注意報や警報の防災情報を出すためのベースになる研究だ」と話す。

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 「やはり“役に立たない”と言われてしまう基礎研究も、雲の研究をする上ではすごく重要だ。室内実験など、雲の観測にはすごくお金がかかるが、それをしないと予測技術の検証や改良はできない。どうしても応用研究が推奨されがちだが、基礎研究は絶対に一緒にやらなければいけない。個人的には、若手の研究者が安定したポストにつけたり、基礎研究にじっくり取り組める土台となる環境が整備されればありがたい」。

 それでも学術研究に税金が投入されることに対し、「そもそも役に立たないものを研究してなんの意味があるの?」「税金使って研究するなら結果必要でしょう」といった意見は根強く存在する。

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 研究者向けのクラウドファンディングサービスを手掛けるアカデミスト株式会社の柴藤亮介氏は「確かに“すぐに役に立つ研究”も重要だが、そこに寄せすぎるあまり、そうではない研究ができなくなってしまうのは良くない。今は役に立たなくても、10年後、20年後に活きているものも多い」と話す。

 その上で紫藤氏は「研究者の方のお話を伺っていると、20年くらい前までは自由に使えるお金がどこの研究室にもあったが、最近ではその額が減ってきていて、企業や国から予算を引っ張ってくるための書類を書くことに時間を割かれてしまっている状況がある。“研究するための時間がなくなってしまう”と、かなりの研究者が言っていることだと思う。さらに多様な研究から“選択と集中”だということで、注力する分野が限られてきている。日本で1人しかやっていないようなニッチな研究をしている方が、他の研究に路線変更を余儀なくされる問題もある」と指摘する。

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 柴藤氏らの提供するクラウドファンディングサービスも、そうした問題意識から出発したものだ。「税金を使っている以上、研究者の皆さんも成果を発信しようと考えてはいるが、様々な業務の中でどうしても優先順位が下がってしまっている。そこでネットを通じて自身の研究の魅力を一般の方に向けて発信いただき、そこに共感した方が少額の支援をすることが可能な場所を提供しようと考えた。スポーツ選手に推しがいるように、“自分の推し研究者”みたいなことが当たり前になってくると、社会に研究というものが根付くのではないか」。

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 その成果について紫藤氏は「研究者の顔が見えるという意味でも面白いし、ネットで募ってみると、ニッチな領域にもファンはいる。そうした方々の支援で研究が進み、結果をサポーターの方に知らせていくという循環ができ始めている。サポーターとしても研究者の接点を持つことができるだけで良かったと感じるし、失敗したとしても、それをきちんと報告してくれれば、次は成功にいけるかもしれないね、という発想になる。基本的には応援してよかった、と思っていただけると思う」と説明した。

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 テレビ朝日平石直之アナウンサーは「10日はノーベル賞の授賞式の日だが、私は2002年、田中耕一さんと小柴昌俊さんの取材をした。会見の時に、記者からは“何の役に立つのか”という質問が出た。それに対し、小柴さんは“何の役にも立ちません”とバシっと言った。小柴さんは大きな星が爆発した時に放出されるニュートリノという素粒子の研究をされていたが、やはりすぐには役に立たない。でも、そもそもそういう基準では研究をしていないというメッセージだと思った。そして、それが評価され、ノーベル賞が授賞されるという、そういう価値観だと思った」と振り返る。

 博士課程に在籍するリディラバ代表の安部敏樹氏も「最近ではみんな“AI”と言うが、もともとは50年ほど前に、脳の神経細胞のような機械はどうだろうという好奇心から始まり、その研究が進化を遂げていった結果、今の”AIはすごい”という話になっている。つまり、50年前には“どうしてなんだろうね”くらいのもので、それが将来AIとして使われるようなものになると考えて研究を始めたわけではないということだ。日本には人工知能研究で世界最高峰とされる流れもあったが、ディープラーニングの技術が出てきて、お金を持ったGoogleなどが研究所に資金を投入していった結果、日本はほとんど諦めてしまった。やはりアメリカは多様な研究を許容しているので、どんどん先行していく」と話していた。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

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