21日に閣議決定された第三次補正予算案に組み込まれた博士号取得を目指す若手研究者への支援策が話題を呼んでいる。
現在およそ7万5000人いるとされる博士課程の学生。実は、その半分以上が無給で、生活に必要とされる年180万円の収入を得られているのは、わずか10%だ。こうした厳しい経済状況、学位取得後のキャリアへの不安から、“研究者離れ・博士離れ”が進んでいるという。
今回の支援策では、約6000人に年間最大で290万円を支給するプランが盛り込まれており、文科省では「博士を目指す学生の皆さんへ。これから我が国を背負って立つ皆さんが、経済的な不安を抱えずに安心して博士課程へ進学できるよう、これまで以上に強力に博士課程の学生の皆さんを支えてまいります」としている。
■「研究に充てられる時間が増えるのはいいことだ」
慶應義塾大学総合政策学部の中室牧子教授(教育経済学)は「博士課程の学生さんのほとんどがアルバイトや大学のリサーチアシスタントなどによって生活費を稼いでいる状態だ。やはり学業、研究に専念していただくために、一部の方であっても、その助けになればと思う。私は非常にポジティブに受け止めている」と話す。
「研究者にとって最もレバレッジが効かない重要なリソースは時間だ。それが研究以外のことに割かれてしまえば、生産性が落ちることになる。素晴らしい成果が出るのは若い時のものが多いという研究もあるくらいだ。今回の支援によって研究に充てられる時間が増えるのはいいことだと思う。また、アメリカなど、海外の大学院の教育はずいぶん事情が違っている。日本の国立大学の学費は年間80万円くらいだが、アメリカのトップスクール(私立)は300~500万円くらいかかる。それでも生活費や学費を払っている人は、ほぼゼロだと思う。なぜなら大学から学費や生活費の支援があるからだ。その意味では、日本の最優秀層がどんどん海外へ出ていってしまうという心配もあったと思う」。
■在野の文系研究者「世間から“役に立たない“と言われがち…」
一方、在野で研究を続けている荒木優太氏(日本文学)は「全員にとって素晴らしい政策かといえば疑問だ。すでに“約6000人”と制限が設けられているわけで、必ずあぶれる人が出てきてしまうことになるからだ。特に文系は世間から“役に立たない研究“と言われがちなので、何が選択の基準になるのか、やはり自分たちの研究は認められないのではないかという不安感を抱くと思う」と指摘する。
「私の研究分野である文学の場合、とにかく本を読む。つまり図書館が使える状況にあれば、かなりの部分は一人でもできるものだ。ただ、研究とは集団的な営みでもある。“こういう説を考えてみたけど”“それはすでに言われていることだよね”といったコミュニケーションの中から新しい知見が生まれてくることもある。そのあたりが在野の人間にとっての大きな課題だ」。
その上で「私の経験をただちに一般化するのは非常に危険なので、その前提で聞いて欲しい。文系の院生たちの多くは就職ができないが、中学や高校の先生という行き先はある。そこで指導教員が教員免許を取得するように勧める。しかし私は学校での教育に全く興味がなかったし、このまま大学院にいても自分の思うようにはならないと感じ、博士号を取得する道からおさらばした。“自分の研究にはこういう社会的意義があるから認めて下さい。予算をつけてください”と言わなければいけないが、一方でそれを言ってしまうのは、“お前そんなことのために研究やってんの?”みたいな興醒めもある。そもそも私は中学生くらいから“人生終わってんな、詰んでんな”と思ってきた。もちろん今も絶望的な状況にあるが、生きるということは根本的にこの絶望が続いていくことだと思っているし、その中に楽しいこともあるので頑張っていけばいいと思っている」と話した。
■“このままでは日本の学問のレベルが下がってしまう”というケースを支援するのが本来の姿
お笑い芸人のケンドーコバヤシはお笑い芸人のケンドーコバヤシは「分野は違うが、若手芸人も“やりたいことはあるが生活ができない”という理由で辞めていく者がほとんどだ」。お笑い芸人で看護師資格も持つみほとけは「私は看護学部の出身だが、“大学までは奨学金で頑張って出たけど、大学院に行ってもお金にならないから…”と病院に就職した同級生がいた。安心して勉強ができるのは本当にいいことだと思う。ただ、こういう制度の成果が出てくるのは10年後とかだと思う。ぜひ長い目で考えてほしいと思う」とコメントした。
ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「90年代以降、大学院卒が重視されるということが言われ、国も率先して増やしていった。結果生じたのは仕事が無い人やポスドクと呼ばれる人たちで、非常勤講師を掛け持ちしてようやく生活している人も少なくない。しかも大学のポストは任期付きが増えたので、頑張って職に就けたとしても2、3年後には放り出されてしまうことになる。加えて“選択と集中”という名のもとに、大きな成果を生むかもしれないが知名度は低いという研究が忘れ去られていってしまった。アメリカの大学の奨学金の審査では、高校時代の校外活動など裕福な家庭の子女でなければ積めない経験が求められることもある。ネットのスラングで“実家が太い“というものがあるが、もはや裕福な家庭に生まれた人しか研究者になれないという、格差が拡大し、固定化していく時代に入っている」と指摘。
慶應義塾大学特任准教授でプロデューサーの若新雄純氏は「勉強によって貧困の連鎖を断ち切るという点で言えば、基本的には学部まで行ければ逆転することができると思う。さらに学問の世界に入って突き詰めていくためには、そのための資質が必要だ。博士課程の学生生活をどうサポートしてあげようかという議論になりがちだが、“この人がお金の問題で研究者になれなかったとしたら、日本の学問のレベルが下がってしまう”というケースを支援するのが本来の姿だと思う」とした。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
■Pick Up
・キー局全落ち!“下剋上“西澤由夏アナの「意外すぎる人生」
・「ABEMA NEWSチャンネル」がアジアで評価された理由
・「ABEMA NEWSチャンネル」知られざる番組制作の舞台裏