2月9日に行われた将棋の順位戦B級2組の10回戦。藤井聡太王位・棋聖（18）が無傷の9連勝を果たし、来期のB級1組昇級を決めたことは、各メディアで取り上げられたのだが、この対局で将棋ファンが大盛り上がりしたポイントは、終局の瞬間ではなく、対局が始まる前だったかもしれない。対局者だった窪田義行七段（48）は、大量の荷物を対局場に運び入れ、素早い動きで次々と支度を整えていった。ファンの間ではその様子を「巣作り」と呼ぶ声もあるが、相手が藤井王位・棋聖ということもあってか、多くの視聴者に“生巣作り”が披露されたことで、大きな話題となった。
中継をしていたABEMAでは、いち早く対局室に入っている藤井王位・棋聖の様子を伝えようと対局開始の30分前から中継がスタートし、藤井王位・棋聖のプロフィールを紹介しているところだった。コートを羽織った窪田七段がサッと現れ、すぐさま「窪田ワールド」がスタート。解説を務めていた井出隼平四段（29）、聞き手の上田初美女流四段（32）も、プロフィール画面からいきなり窪田七段に画面が切り替わったことで、スポーツ実況さながらのトークを始めた。
さて窪田七段、真っ先に向かったのは対局場に置かれていた空気清浄機だった。自分が指す場所に近いものと、少し離れたもの、計2台の位置、向きを変えた。これにどんな効果があるか定かではないが、“初手”は空気清浄機だった。
井出四段 これに対して藤井王位・棋聖はどういう気分で眺めているのか。さすがに気になりますね。
上田女流四段 私、窪田七段と1度、対戦したことがあるんです。これが「うわさの準備か」と思いました（笑）「巣作り」って言われていますからね。今日は何が出てくるんでしょうか。
空気清浄機を動かした後、大きなビニール袋から取り出したのは正座用のクッションだ。親交の深い井出四段に、対戦経験もある上田女流四段。これ以上ない解説・聞き手の実況もあってか、早々に視聴者のテンションもうなぎ登りに。「きたーｗｗｗ」「盤外戦術すげえ」「クッションｗ」「これを見れただけで満足」「これを見に来た」と、将棋の対局中継では見慣れない感想が次々と飛び出した。
上田女流四段 さて、何が出てくるんでしょうか。いつもより荷物が多い気がするんですが。
井出四段 髪を切りましたね。この前、VS（1対1の練習将棋）をやらせていただいたんですが。今日に相当構えていますね。
一瞬姿を消したかと思えば、多数のドリンクに備えてか、お盆を新たに持ってきた窪田七段。また和室にマッチするコースターも並べた。このあたりには、細かいこだわりがいくつも見える。
ここまでしてから、ようやく対局場の端にあるクローゼットに、コートをしまいに向かったが、いろいろと動き回る窪田七段をカメラは必死に追いかける。普段であれば、藤井王位・棋聖に張り付くところだが、この日ばかりは一時的に「窪田七段専用カメラ」と化した。
井出四段 このパターンは初めて見ましたね。藤井さんを置き去りにして、窪田七段の行動を逐一（追う）という。こっちがメインになってきましたね。
上田女流四段 こんなに追いかけられることないですからね（笑）
井出四段 普通、こんなに動きがないですからね（笑）
井出四段が言うとおり、将棋の中継と言えば盤を中心に、せいぜい半径2～3メートルほどカバーすれば足りそうなものだが、窪田七段に関してはその限りではない。視聴者も「期待通りでうれしい」「笑いがとまらない」「藤井くんより映ってる」と大歓迎、といった様子だった。
“巣作り”はまだまだ終わらない。今度取り出したのはスポーツタオル。おもむろに、自分の左側にある脇息（きょうそく）にかぶせると、細い紐状のものでリボン結びで留め始めた。
井出四段 ああ、そうやって巻くんですよ。
上田女流四段 ここまで定跡通りですか。
井出四段 ちょっと色が違うかもしれないです。でも、逆さ（裏返し）にするんですね。なんでだろう。
上田女流四段 （柄が）目にチラチラする可能性が…どうなんでしょうね。
井出四段 確かに巣を作っているようですね。終わりが見えない。
上田女流四段 ずっと巣ができるのを待つと、（対局開始の午前）10時を過ぎる可能性がありますね。
ここまで順調かと思われた窪田七段だが、一つ誤算があった。手元に置くために持ってきた自動車用の空気清浄機だ。取り出そうと思ったものの、なかなか袋から出てこない。
井出四段 悪戦苦闘してますね…。
上田女流四段 もどかしい。
そして結果は、時間が足りなかったのか、焦ったのか、そのまま袋から出さずに横に置いた。
井出四段・上田女流四段 諦めました（笑）
対局開始の午前10時はどんどんと迫ってくる。それでも窪田七段は慌てない。今度は手鏡を出して、前髪をチェックした。
上田女流四段 何を見ているんでしょう。鏡ですね。
井出四段 女子力、高いですね。確かに脇息にタオルかける人はいないですからね。
上田女流四段 いや、女子でもいないですよ。
井出四段 あっ、女子力、関係ないんですか。
もはやこの2人、窪田七段という棋士をテーマにした漫才を展開している雰囲気まで出てきた。ただそこはやはり「この日の主役」とも言われた窪田七段。開始時間まで1分を切っても、まだアイテムを出してきた。バインダー型のファイルだ。
上田女流四段 さて、対局開始まで1分を切りました。
井出四段 状況があまりそれを感じさせないですね。本当に1分切っているんですか。
上田女流四段 切ってますよ！あ、なんか出てきました。
井出四段 あれは棋譜ファイルですね。
上田女流四段 棋譜ファイルをこのタイミングで…。
井出四段 なんで出したかはわかりません。
そして時間ぎりぎりのところで、対局開始に間に合った。この間、約30分だったが、視聴者も大ウケの連続だった。「窪田はクセがスゴイだけで良い人だからなあ」「藤井二冠の平常心を乱す」「なんで出したか分からないww」といった反応から、的確に解説を繰り返した井出四段に対して「詳しいなイデオンさすがだ」と評価する声も多かった。
対局は既報の通り、藤井王位・棋聖が勝利したが、対局後にも窪田ワールドは続いた。極め付きは、感想戦の際にイスをいきなり二段重ねにしたことだ。この様子にファンからは「窪田椅子二段」というパワーワードまで飛び出したことは、1日を振り返るには欠かせないものだった。
（ABEMA／将棋チャンネルより）
