1980年から1987年まで小学館「ビッグコミックスピリッツ」で連載された名作「めぞん一刻」。漫画家・高橋留美子の代表作の一つとしても数えられ、1986年から放送されたアニメもヒットした。この作品のヒロインにして、物語の舞台である「一刻館」管理人の音無響子は、若き未亡人だ。愛する夫・惣一郎を亡くしたゆえに、単行本第15巻第7話「約束」(アニメ第96話「やったぜ!五代くん 決死のプロポーズ!!」)で主人公・五代裕作に伝えた「1日でも長生きして」という言葉は、世界が不安にかられる今の時代に、さらに心に沁みる名言となっている。
亡き夫の音無惣一郎は、大家の息子。響子にとっては初恋の人であり、女子高生と講師のバイトという立場で出会い、その後、結婚することとなる。作中、顔は一切、描かれなかったものの、単行本第9巻第3話「VS.乙女」(アニメ第53話「女子高生パワー爆発 響子に恋の宣戦布告」)での回想シーンでは女子生徒の「恋人いますか?」との質問にしどろもどろになりながら「私はどおも……女の人にはもてませんので………」と答える、響子からの暑中見舞いには不可解な手紙と苦悩するなど、惣一郎は恋愛にかなり奥手な様子。一方の響子は、単行本第2巻第10話「影を背負いて」(アニメ第17話「響子さんの初恋物語 雨の日はいつも…」)で描かれたように、雨の日に自身の傘を制服の中に隠してまで相合傘に持ち込むなど積極的で、晴れて結婚した後も惣一郎を慕っていた。だが、無情にもそんな幸せな時間は突然、終わりを迎える。結婚からわずか半年、最愛の夫が他界してしまうのである。シロと命名するも夫の名を呼ぶと反応することから惣一郎の名で定着した愛犬を抱きかかえながら、悲しみに暮れる響子。死別後も数年、音無家から籍を抜かないのだから、その思いは相当なものと察することができる。
それ故、女子高校生時代はあれほど積極的だった響子も、新たな恋にはなかなか一歩を踏み出せない。一刻館の住人・五代裕作や、金持ちのテニススクールのコーチ・三鷹瞬からはグイグイとアプローチを繰り返されるも、のらりくらりとスルー。肝心なことに気が付かないなど、時折見せる性格の鈍さも、もしやわざとなのではないかと思えるレベルであり、徐々に、五代のどことなく頼りなくも温かみのある人間性に惹かれ始めるも、それでもファンが気を揉むほどに管理人と住人との域を出ない。幸せの絶頂から一転、失意のどん底へと落ちたのだから致し方ない話ではあるわけだが、それだけに、五代からプロポーズされた後に響子が発した言葉には、心に沁みるものがある。
「結婚してください…」。風吹く冬の夜、酔い潰れた響子の父を背負う五代からの言葉に黙る響子。しばしの沈黙の末、五代が「泣かせるようなことは絶対しません」「残りの人生をおれに…ください」とも続けると、瞳を濡らしながら「ひとつだけ、約束…守って…」と振り向き、「お願い…1日でいいから、あたしより長生きして…」「もう、ひとりじゃ、生きていけそうにないから…」と告げる。
推測するに、響子の涙には前夫との死別後の苦しかった日々、そんな自分を愛してくれる五代への思いなどが込められている。1人で生きる悲しみ、虚しさを経験しているからこその、切なる願い。もう二度と愛する人を失いたくないという響子の気持ちが凝縮されたひと言であり、作中でもとりわけ印象に残るフレーズといえる。胸に顔をうずめる響子に五代が「…決してひとりにはしません…」と約束すると、その刹那、タイミングを計ったかのように響子の父が目を開けて「本当だなっ」と言い寄る、いかにも漫画・アニメならではの展開もあるが、その父の「こいつがいやんなったら、いつ帰って来てもいいんだぞ」との言葉にも温もりがある。父もまた、一人娘である響子の幸せを願うひとり。それぞれの思いを胸に寄り添うシーンは、昭和から平成、平成から令和へと時代が変わっても、感涙必至の名場面として色褪せない。
(C)高橋留美子/小学館



