国民に伝わらない総理のメッセージ、政治と科学の距離…政府分科会・尾身茂会長が明かした“専門家が抱えるジレンマ”
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 新型コロナウイルスとの戦いが始まって1年半以上が経過。常態化する「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」に“慣れ”が広がり、目指す人流の抑制に失敗しているとの見方は根強い。

 そんな中、17日の『ABEMA Prime』には菅総理との記者会見を終えたばかりの新型コロナ政府分科会の尾身茂会長が1時間にわたり生出演。なぜ人々に危機感が伝わらないのか、スタジオのメンバーの質問に、率直に心境を明かした。

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■「大きな指標を作ったが、なかなか一般の人に伝わらない」

田村淳(ロンドンブーツ1号2号):緊急事態宣言が2回目、3回目と続く中で、総理が“これが最後だ”というような言い方をするから、みんな短距離走のつもりで、ゴールしたのに、また次の設定をされるのか?ということになって疲弊している気がする。「これは長くかかる、2年ぐらいのスタンスで見てほしい」というような言い方をすれば、言うことを聞く人も増えるのではないか。

尾身:最初から長距離走だという設定をしてくれれば見通しが立つという考えはよく分かる。一方で、それがあまりにも長いと、「え?」という思いが出てくるのもリスクコミュニケーションの難しさだ。コロナ疲れ、あるいは緊急事態宣言慣れするのは当然だと思うが、ある程度の期間を限定して、「ここの期間だけはやってほしい」という部分を見せないと緊張感を持続できないのも人間だ。そのへんのジレンマがある。

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乙武洋匡(作家):短いか長いかという問題ではなく、「この指標がステージ4になったら出す」とは逆の視点で、「この指標がここに戻るまでは解除しない」という出し方はできないのだろうか。

尾身:おっしゃる通り、最初から「こうなれば緊急事態宣言を出す」「こうなれば解除する」と示したほうがみんなも協力しやすいというのはよく分かる。ステージという考え方を出し、「3から4になりそうだったら緊急事態宣言を考えてほしい、3から2にいけば解除する」としたのも、そういうことだった。ただ、あまり細かい数字を言ってしまうとそれに縛られてしまったり、現場では医療体制が非常にひっ迫しているのに、数字だけは良くなっていたりというような、トンチンカンなことが起きてしまう。だから我々としては去年の段階で感染状況と医療提供体制で大きな指標を作った。ところがこれもなかなか一般の人に伝わらない。そういうジレンマもある。

■「どう言っても伝わらないということも何度もあった」

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佐々木俊尚(ジャーナリスト):尾身先生は以前、「数字だけを出すと数字が独り歩きする危険性がある」と仰っていた。そして、「都市封鎖をしないで自粛だけでやるのが日本モデルなのではなく、その時々で対応を柔軟に変えていくということこそが日本モデルである」とも仰っていた。おっしゃる通りだと思う。一方で、デルタ株が出てきたら対応を取る、医療提供体制がひっ迫してきたら対応を取る、という臨機応変さが、かえって右往左往しているように国民からは見えてしまう。そのジレンマもすごく大きかったのではないか。専門家会議、分科会での専門家の皆さんの提言が素晴らしいものだったにも関わらず理解されなかった理由も、そこにあったのではないか。

尾身:細かいことまでは言えないが、「これになったら」という大きな考え方は示してきたつもりだし、そういうニーズがあることも分かる。ところが、「新規感染者がこのぐらいだったら‥‥」、という数字の幅が臨機応変すぎて、なかなかストンと理解されない、ということだろう。私としては何度も伝えようと思って記者会見をやって、それを新聞やテレビも報じてくれた。もちろん言い方、発信の仕方が下手で改善すべきところがあったと思うが、同時に、どう言っても伝わらないということも何度もあった。これはなかなか難しい。

佐々木:新聞社やテレビ局で滞ってしまうのか、それともメディアは正確に報じているけど、その先で滞ってしまうのか。

尾身:それはむしろ皆さんにお聞きしたい。こちらに下手な部分があったと思うが、同時にみんなの不安が1年以上も続いていて、今は不満もある。そうなると、もちろん私もそうだが、いっぱいある情報の中で、自分の気持ちに即した一部の情報を受け取りたくなる気分になってくる。ジャーナリズムは公平に報じてくれることが多いが、それぞれ言いたいことがある場合も時々ある。それぞれ価値観があるし、聞きたいこと、知りたいこと、思いが違う。我々の思いとしてはここを伝えたい、しかし相手は我々と同じようには思っていないということがある。そういう部分が非常に難しいと感じた。

■「一般市民が求めているのは、私の言葉ではなく選ばれた政治家の発信だ」

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田村:僕は納得したいというよりは、理解したいと思いながら総理の会見を見ている。納得はできなくても、理解できれば行動に移せるところがあるからだ。総理の言葉では理解できなくても、尾身会長の言葉で理解できることがあるが、やっぱり国のリーダーは総理なので、理解させてくれるアナウンスをしてほしい。尾身さんは隣にいて、どう聞いているのだろうか。言いづらいとは思うが、視聴者からのそういった質問も非常に多かったので、ぜひ聞いてみたい。僕は会見での尾身さんの表情が、苦しんでいるように見えてしまう。

尾身:去年の2月に専門家会議ができて、7月から分科会になったが、そもそも我々の役割は専門家としての考えを提案することだ。ところが去年の2月、3月ごろは色々なことで前面に出ざるを得ない状況になってしまい、我々が全てを決めているような印象があったのではないかと思う。しかし最終的に決めるのは常に政府だ。記者会見でも、私どもは専門家として見解を求められるから提案をしている。ただ、こういう危機の状況において一番大切で、おそらく一般市民が求めているのは、私の言葉ではなく選ばれた政治家の発信だ。その言葉と行動によって、人々の協力がより得られるかどうかが重要だと思う。

そういう意味では、去年の秋ごろから何度も「国と自治体のリーダーが一体感をもって市民の心に届くような発信をしていただきたい」と申し上げてきた。私が市民だったら、そう思うからだ。ところがこれは日本にはリスクコミュニケーションという文化がない。リスクコミュニケーションには、耳障りのいい事よりはむしろ実際に何が起きているのか、何が分かっていて、何が分からなくて、なぜこれをするのかしないのか、ということが求められる。それが淳さんの言う「理解プラス納得」ということになる。総理はじめ大臣、官僚の方もそうやっていると思うが、2009年の新型インフルエンザの時にもそういうことがあった。日本はSARSでもMERSでも、台湾や韓国に比べてあまり痛い思いをしていないこともあり、リスクコミュニケーションが全体として弱い。

■「政府とは、やはり見ているところが違う」

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佐々木:感染症専門医の方の発信を見ていると、皆さんサイエンスの方なので、間違っていることは間違っているとすぐ認め、臨機応変にスタンスを変えていくことをやっていらっしゃる。一方で国、特に官僚は、前に言ったことと今との整合性をものすごく求められる世界なので、「間違えた」とは簡単には言わない。そこで科学者と官僚の間で齟齬が起きる。そして安倍前総理が学校の一斉休業を宣言したように、政治家は自分の独自の何かを入れたがる。そういう、官僚と政治家と専門家による三者のコミュニケーションはこの1年半の間に少しは改善できたのだろうか。

尾身:科学は、常に間違いを訂正していくプロセスで発展する。ここまで来たけど、違ったから新たに変更しようということをやらない科学者でいい科学者はいない。試行錯誤の連続だ。感染症のプロたちも、みんなそう思っている。しかしおっしゃるように、政治のシステムにおいては、間違いはないほうがいい。ここは制度的な、本質的なジレンマだ。専門家と政治家のことについては皆さんもご関心がおありだったと思うし、我々としても一番心を砕いたことの一つだ。違う意見は常にある。だけどいつもケンカをしていたら、政府はダメだと言うだろう。公衆衛生・感染症対策は、実験室で試験管を振るのとは違って、サイエンスの社会的な応用という部分がある。

したがって我々がいろいろな意見を申し上げるときには、サイエンスをベースにしてはいるが、一般の人の共感・理解が得られるか、あるいは実行可能かということも考える。GoToキャンペーンでも違う考えがあるのは当然だ。だから我々は言う。ところが国はまた別の観点を持っているし、強い思いもある。そういう意見の違いがあるのは健全なことだ。我々としては、特に去年の最初の頃は感染症をなんとか抑えたい一心だった。その後は経済との両立ということもあった。国としては社会を動かしたい、経済を動かしたい。そして間違いを起こしてはいけない。やはり見ているところが違う。最終的には政府が決めるし、政府として固い部分もあった。

■「テクニカルな人たちの組織をしっかりと作るべきだ」

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田村:そうなると、尾身会長のメンタルが心配だ。国民のためを思って提言するものの、なかなかそれが通らない、国民に響くアナウンスにならない。本当はこうなのに、ということがずっと続いている。笑顔がちゃんと見られるときが早く来ればいいなと思う。

佐々木:かといって、そこで政府を批判してもしょうがない。新しいパンデミックが、いつかまた起きるかもしれない。そのとき、今のように専門家と政治のすり合わせが上手くいかないとすると、調整役の第三者が必要なのか、あるいは政治のシステムを変えなければいけないのか。

尾身:考え方は二つあると思う。一つは専門家会議などの専門家集団を、政府にしっかり勧告できるものにすること。言われる方の政府は、勧告を受ける場合にはなぜか、受けない場合にはなぜか、ということをしっかり決めなければならないし、言う方もものすごく責任を持つことになる。国会議員たちがそういうことを法律で作ってくれるかは分からないが。

もう一つは、2009年の新型インフルエンザの時の総括会でも申し上げた実感だが、感染症というのは、基本的にはテクニカルな問題だ。菅総理は優秀な方だが、総理大臣がどんなに優秀な方でも、感染症を毎日見るのが総理、大臣、政治家の仕事ではない。テレビの仕事はスタジオにいる皆さんが一番よく知っているのと一緒で、感染症もプロが見るものだ。だからまずはテクニカルな人たちの組織をしっかりと作り、「こうすべきだ。なぜならばこうだから」と言う。

先程も申し上げたとおり、感染症対策はサイエンスの社会的応用で、インパクトがあることなので、それこそ百貨店を閉めるといった非常に社会的な問題については、特に最初の段階では政治家の人はそこまで入らないほうがいい。入ると、グタグタになってしまうからだ。提言を実際に実行するときの予算、あるいは人々の行動をどう抑制してもらうのか、といった判断をすることとは分けたほうがいいと思う。

■「経済と感染という意味では、3つのフェーズがあった」

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乙武:今の時点で、専門家会議もしくは分科会の意見がきちんと取り入れてもらえるようになったという実感があるのだろうか。それともこの1年半の間、それほど変わっていないという実感なのか。

尾身:経済と感染という意味では、3つのフェーズがあったと思う。最初のころの専門家会議は去年2月から7月までだった。その頃の我々は感染症のことだけで、経済のことなんて考えたことがないぐらいだった。もちろん経済が大事だと分かるけれども、そんなことを言っていられる状況ではなかったので、我々としては常に感染をどうやって下火にするかという提言を出し続けていた。

ところが7月頃になると、「あなたたちは医療の感染症のプロで、誰も経済のことを言わないのではないか」ということで、分科会に経済や法律の人、知事なども入り、“両立”という問題が出てきて、それが仕事だということになった。私は感染症のプロだが、分科会では両方の意見をまとめる仕事をすることになった。ところがここにきてデルタ株のこともあり、また元に戻って感染症というふうになっている。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

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