6月25日(土)よりイベント上映がスタートされた『機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY』。それに先駆け24日(金)に行われた前夜祭では、本編の上映後に漫画原作・デザインの太田垣康男、監督・脚本の松尾衡、音楽を担当した菊地成孔、プロデューサーの小形尚弘が舞台挨拶を行い、ファンを前に本作についてのトークを繰り広げた。
小形プロデューサーの司会によって舞台挨拶は進行。EST配信からスタートして劇場で上映されることについて、太田垣は漫画を始めたころは夢にも思っていなかったため、今夜は美味しいお酒が飲めると話した。

ジャズ・ミュージシャンである菊地は本作に携わった経緯を聞かれ、自分はアニメや漫画などのクールジャパンを一切たしなまないと前置き。以前、『ルパン三世』シリーズのスピンオフ作『LUPIN the Third -峰不二子という女-』の音楽を手がけた際は、山下毅雄から続くジャズベースの作品なので納得だったが、『ガンダム』はいくらなんでもジャズベースではないだろうとオファー時の心境を話す。その後、原作にジャズ・ミュージックの要素があり指名されたのだと思い、仕事を引き受けたという。
本作で戦争という舞台で戦うことになる2人の主人公・イオとダリル。太田垣は原作を始めるときから、戦闘シーンがメインになるため、キャラクターの心情を歌詞や雰囲気で表現しようと思っていたと語る。イオは、ハイソな生まれのためロックではなくジャズだろうという発想で決まり、彼と対比する形でオールディーズのポップスをダリルに当てて、キャラクターのすみ分けをしたのだという。
菊地はこれに対し、原作でイオが聞いているジャズは楽しげなスウィング・ジャスなので、もっと戦場に似合った50~60年代のフリー・ジャスをギミックにしたものにしたいと提案。松尾監督もこれを受けてそれなら戦闘シーンがしっかり描けると確信し、ダリルとの対比もはっきりするので即決したという。これには太田垣もその話がなかったと突っ込みを入れるが、結果的に大正解だったと笑顔で答えていた。

戦場と音楽という題目について小形より話が振られ、菊地は大いに語る。自らが主宰するバンド・dCprGは、ダンスホール内にて爆音で人々が踊る様をハッピーな戦場に見立て、1999年に結成。自分の中のセンサーに戦争があり、戦争とジャズ、戦争とダンスフロアというものを考え活動していたという。そして戦争と音楽の関連性について言及する。
第2次世界大戦時のアメリカが用いたVディスクというものには、A面に日本人を殺せ、ドイツ人を殺せと言いながらもスウィング・ジャスで楽しめる曲調、B面には故郷に恋人が待っており、帰ってきたら英雄だという甘いバラードが収録。それで戦意を高揚させていたが、あまりの音楽の出来のよさに敵国のドイツ兵もそのVディスクを欲して奪い合ったという。ベトナム戦争では、サイケデリックで世の中に絶望した音楽など、重くて暗い音楽が多く、国力で圧倒していたベトナムに苦戦したのはアメリカを鼓舞する音楽がなかったからではと分析。イラク戦争になると、インターネットの時代で、すべての兵隊の耳から白い糸が垂れていたのだという。写真を拡大してみると、それはイヤホンで、音楽を聴きながら戦場に立っていたことがわかった。
そこからわかることは、すべての兵隊は音楽を聴かないと戦争なんかやってられない。音楽という名のドラッグは、場合によってはアメリカというような強国ですら敗戦か戦勝かをわけるほどの力があり、それを『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の中で描いていると思ったのだという。太田垣は、もし自分が戦場にいったときにも、音楽がないと身が持たないなと思い、意識して描いていたと答える。
菊地が長年考えてきた戦争と音楽という題目と、本作『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の世界観は合致しており、改めて小形・松尾は菊地に音楽をお願いしてよかったと話した。松尾は、お願いした当初は菊地のことをあまり知らなかったと言うも、厚顔無恥を承知で頼んだことによって生まれた『ガンダム』とジャズのセッションに満足気であった。

最後に、登壇者らによるコメントによって舞台挨拶は終了をむかえる。松尾は、自分は音楽よりも酒とタバコが必要だと話し、本作を制作したサンライズ第1スタジオでは、喫煙室がなく、御大もベランダで煙草を吸っているという事実を暴露。会場を沸かしていた。

『機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY』
6月25日(土)よりイベント上映&Blu‐ray劇場先行販売同時スタート
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