セルビア代表のドラガン・ストイコビッチ監督を右腕として支える日本人コーチがいる。“ピクシー”と名古屋でも共闘し、2010年のリーグ優勝に貢献した喜熨斗勝史だ。

 そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。第14回は、日本と欧州の違いについて語ってもらった。
 
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 日本代表はブラジル代表やガーナ代表などとの親善試合。我々セルビア代表はUEFAネーションズリーグが開幕します。どちらの国にとっても6月は大事な4試合。現在、私は代表キャンプの準備を行なっている最中ですが、充実した日々を送っています。

 4月1日のワールドカップ・カタール大会の抽選会が終わったあとは一時帰国。滞在時にはFC東京の練習を見学させてもらえたり、数多くの試合を観戦する機会に恵まれました。また、教え子がいる関東1部リーグの南葛SCなど様々なカテゴリーの試合会場にも足を運び、いろいろな方と意見交換をする有意義な時間を過ごしました。

 その後はイタリアのフィレンツェで我々の代表選手がいるフィオレンティーナ(ニコラ・ミレンコヴィッチ、アレクサ・テルジッチ)対ユベントス(ドゥシャン・ヴラホヴィッチ)を観戦。フィオレンティーナのヴィンチェンツォ・イタリアーノ監督とも話をすることができました。

 私が欧州に渡って1年以上。今回、日本のサッカーシーンをじっくり見ることができ、また欧州でサッカーに触れるなかで考えました。本気で日本サッカーが欧州各国に追い付きたい、南米の強いチームと対戦しても互角以上に渡り合えるレベルに持っていきたい。そう願うならば「今、日本と欧州の違いを明確にする必要性」があるのでは……と。今までは遠回しに言ってきたのですが、今回はストレートに感じたことを伝えたいと思います。
 
 大きく言えば「技術+戦術+体力」の違いとルール変更による指導者の対応力です。
 
 まず技術の高い選手と言えば、どんな選手を連想しますか。狙ったところに蹴れる。ボール扱いに長けている。確かに技術です。でも、それはサッカーのエッセンシャルな部分なのです。欧州のトップ・トップレベルではもう一段上の「味方のミスをカバーしてあげられる」技術が求められています。
 
 例えば味方のパスがずれて、練習では起こりえないほどシュート角度がなかったとします。それを決めきる力、ミッションインポッシブルなレベルをクリアできるのが高い技術と言われます。

 ひとりで泳ぐことはできても、誰かを抱えながら泳ぐには自分に余力がなければいけないですよね。泳ぐ技術も必要です。そのように難しい状況を克服する技術、それができるだけの体力を育成年代から身に付けさせるのは課題になります。パスミスになったプレーを改善させるだけではなく、ミスパスを修正できないことにもフォーカスしなければ、不確定要素の多いサッカーでは対応できません。
 戦術面に関して言えば、世界に発信していくオリジナルなものが必要でしょう。なぜかといえば外国人と日本人では体格もキャパシティも違います。彼らと同じことをしていても追い付くのは難しい。

 ポジショナルプレーや5レーンは主流ですが、欧州ではすでに当たり前のこと。監督によってサッカーが左右されるのでなく、独自の戦術を構築しないと日本はいつまでも欧州の5~10年遅れになってしまいます。

 独自路線を突き進むには結果を出さなければいけないリスクを伴うのも理解しています。口でいうほど簡単ではない。でもトライしていく価値はあるのではないでしょうか。
 
 体力は、ルール変更によって従来の認識を改めていくタイミングかと感じます。現在は5人までメンバー交代が可能。GKが交代しないとすれば90分間プレーするのは、フィールド選手の5人だけ。半分はフルに出場しなくてもいいのです。

 欧州は上手く選手をローテーションさせていますが、それによってインテンシティを落とさない試合が多くなっています。試合だけではなく、ローテーションで回すことができれば普段の練習のインテンシティも落とさず、もっと上げることができます。選手に求められる戦術も技術もひとつ上がるのです。

 もちろん猛暑のなかでの試合が多い日本と、比較的涼しい欧州の気候面の違いは解消できない問題ですが、イタリアーノ監督も「今後はよりディテールを意識しないといけない時代」と言っていました。

 VARが入ったことでディフェンスラインの上下連動を繊細にしないといけないですし、数センチのギャップによってオンサイドとオフサイドに分かれます。フィオレンティーナがその点にこだわってプレーしているのが感じ取れましたし、日本ももっと数センチを追求する必要性があります。何よりも指導者が、そこに気づかなければ進歩も成長もありません。

 ここまでストレートに言わせていただきましたが、5月30日からはセルビア代表の合宿が始まり、代表の強化に尽力します。ヴラホヴィッチは今回休養させましたが、これまでのメンバーをベースに、ジョルジェ・ヨヴァノビッチら新しい選手を加えて臨みます。3月の親善試合デンマーク戦(0ー3)で出た課題や基本の立ち返り、そしてミスター(ドラガン・ストイコビッチ監督)の目指すサッカーの精度を向上させていきます。
 でも、我々がワールドカップ1次リーグで対戦するブラジル代表と日本がどんな戦いを見せてくれるのかも注目していますよ!

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PROFILE
喜熨斗勝史
きのし・かつひと/1964年10月6日生まれ、東京都出身。日本体育大卒業後に教員を経て、東京大学大学院に入学した勤勉家。プロキャリアはないが関東社会人リーグでプレーした経験がある。東京都高体連の地区選抜のコーチや監督を歴任したのち、1995年にベルマーレ平塚でプロの指導者キャリアをスタート。その後は様々なクラブでコーチやフィジカルコーチを歴任し、2004年からは三浦知良とパーソナルトレーナー契約を結んだ。08年に名古屋のフィジカルコーチに就任。ストイコビッチ監督の右腕として10年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献した。その後は“ピクシー”が広州富力(中国)の指揮官に就任した15年夏には、ヘッドコーチとして入閣するなど、計11年半ほどストイコビッチ監督を支え続けている。
指導歴
95年6月~96年:平塚ユースフィジカルコーチ
97年~99年:平塚フィジカルコーチ
99年~02年:C大阪フィジカルコーチ
02年:浦和フィジカルコーチ
03年:大宮フィジカルコーチ
04年:尚美学園大ヘッドコーチ/東京YMCA社会体育保育専門学校監督/三浦知良パーソナルコーチ
05年:横浜FCコーチ
06年~08年:横浜FCフィジカルコーチ(チーフフィジカルディレクター)
08年~14年:名古屋フィジカルコーチ
14年~15年8月:名古屋コーチ
15年8月~:広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター
19年11月~12月:広州富力トップチーム監督代行
21年3月~: セルビア代表コンディショニングコーチ