カタール・ワールドカップ開催については前代未聞の事件が数多く起こっているが、先日もかつてない事実が明らかになった。

 FIFA(国際サッカー連盟)のジャンニ・インファンティーノ会長が、昨年の10月頃からカタールに移住しているというのだ。

 実を言うと、噂はしばらく前からあった。今年の1月にはスイスの『SonntagsBlick』紙が、インファンティーノがドーハに家を借りていること、彼の4人の子供のうち2人がドーハの学校に通っていることを報じた。

 これを受けて、FIFAは「会長はワールドカップ準備のため定期的にカタールに滞在することも多いが、引き続きチューリヒの本部で働き、スイスにも税金を納めている」と回答。インファンティーノ自身も、「カタール・ワールドカップはアラブ諸国初の歴史的なサッカーイベントとなり、その成功のためには最大の努力が必要。そのため定期的にドーハに滞在することが必要だ」と語っていた。

 しかし、この新聞の記者がFIFAの職員に直撃したところによると、インファンティーノの姿はスイスではほとんど見かけないということだった。

 一方、彼の姿はカタールのエミール(首長)の横でしばしば目撃されている。昨年のアラブカップの時もそうだし、カタールで行われたF1のドーハGPでも並んで観戦していた。
 
 その後、この件を追ったニュースはしばらくなかったが、結局、FIFAは正式に会長の移住を認めた。

「インファンティーノ会長は、ワールドカップにおける自身の任務を円滑に遂行するため、チューリヒ、ドーハ、そして世界を自分の居場所とすると理事会に伝えた」

 W杯は1930年から行われ今回で22回を数えるが、これまで一度も大会前にFIFA会長が開催国に移住したことなどない。スイスでは、これはスキャンダルと捉えられている。FIFAの本部はあくまでもチューリヒであり、1000人の職員がいる。そこにトップがいなくてどうするのか? 誰がFIFAを動かすのか? またFIFAの仕事は男子のW杯だけではない。W杯に出ない国への対応は? 女子サッカーやユース部門への対応は?

 またカタールとインファンティーノのあまりにも近しい間柄を危険視する声も根強い。インファンティーノはカタールのイエスマンに成り下がっている声さえある。だから突然、開幕日も日程も変えたし、人権問題にも踏み込まない。アムネスティの調査によるとW杯準備のためにカタールで亡くなった外国人労働者は6500人に上るが、インファンティーノは「認められているのはたった3人の死者だけ」などと述べて非難されていた。
 
 この移住に関しても、多くのサッカー関係者から批判の声が上がった。

 1986年大会の得点王である元イングランド代表のガリー・リネカーは移住の記事を引用リツイートし、そこに“What the hell?”(なんてこった!)とコメントした。

 また、インファンティーノとは犬猿の仲であるFIFAのジョゼフ・ブラッター前会長はフランスのラジオで、会長がFIFA本部以外の場所に拠点を置くことは「理解しがたい」と述べた。

「FIFAの会長の居場所は本部があるところであり、それはチューリヒだ」

 また自身のSNSでも、こう非難している。

「ジャンニ・インファンティーノがカタールに引っ越しても、私は驚かない。彼にとってスイスは居心地が悪いのだろう。彼はFIFAの本部をパリに、運営の一部をアメリカに移したいとさえ思っているのだ」

文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。