[カタールW杯グループステージ第3戦]日本代 2-1 スペイン/現地時間12月1日/ハリファ国際スタジアム

 1勝1敗の勝点3、E組2位で迎えた首位スペインとの一戦。11分にアルバロ・モラタ(A・マドリー)にアッサリと先制点を献上。前半のうちに板倉滉(ボルシアMG)、谷口彰悟(川崎)、吉田麻也(シャルケ)のCB3人が立て続けに警告を受けるなど、今回もまた前半は非常に苦しい45分間を強いられた。

「ハーフタイムにドイツが1-0でコスタリカに勝っているという情報が入って、1点取れれば抜けられるってことでポジティブになれた。ドイツ戦の経験から0-1で行けばチャンスがあるって感覚的にみんな思っていた。後半はちょっと前から行こうと。5分、10分、プレスに行こうって話はしていました」

 キャプテンの吉田が中心となって意思統一を図った通り、後半の日本は見違えるほど前への意識を強く押し出すようになった。

 それが奏功し、後半の開始3分に堂安律(フライブルク)が電光石火の同点弾をゲット。チームが一気に勢いづく。そしてこの3分後、大仕事を見せたのが、田中碧(デュッセルドルフ)。ここ一番でゴールの嗅覚を見せつけたのである。
 
 始まりはGK権田修一(清水)のロングフィードだった。伊東純也(S・ランス)が右サイドでキープし、ペナルティエリア手前まで上がった田中にパス。堂安に展開すると、背番号8は強引に右足を振る。ファーサイドに流れ、これに反応したのが三笘薫(ブライトン)。彼が粘って折り返す。田中が右足で押し込み、値千金の逆転弾を挙げたのだ。

 三笘の折り返しがゴールラインを割っていた可能性があり、長時間のVARのチェックが行なわれたが、結果的にゴールは認められる。世紀の大一番で田中は「持ってる男」になったのだ。

「純也君にもらって律に出した時、律から折り返しワンチャンあるかなと思っていたんですけど、(逆サイドに前田)大然(セルティック)と薫さんがいたんで、何とか残るんじゃないかなと思って信じた。薫さんがうまく残してくれたので、信じてやり続けたのが良かったなと思います」と、田中は最後まで諦めずにゴールに向かい続けた結果の逆転弾だったことを明かす。
【動画】三笘の折り返しから田中が押し込む!“持ってる男”が期待に応え、劇的逆転弾! ※投稿の白地部分をクリック
 日本が崖っぷちに立たされた2021年10月の最終予選・オーストラリア戦でも田中はスタメン抜擢され、チームを勇気づける先制弾を奪っている。のるかそるかの重要局面で大仕事のできる男は本当に強運だ。

 川崎アカデミー時代の恩師・髙崎康嗣監督も太鼓判を押す。

「2017年にトップ昇格した後、先輩の三好(康児=アントワープ)や滉も出番を得られず、レンタルに出されたのに、彼の入った年は、ユース昇格組は碧1人。(中村)憲剛が30代後半に差し掛かり、大島僚太も怪我がちで中盤が手薄になったこともあって、18年以降、少しずつ出られるようになった。彼は『タイミングの良い男』なんですよ」

 田中本人も「僕は自分でも『持ってる』と思っているし、それを隠そうとも思ってない」と自信満々の口ぶりだった。が、もちろん全てが順風満帆だったわけではない。

 最終予選途中から3ボランチの一角で定位置を確保し、遠藤航(シュツットガルト)、守田英正(スポルティング)とともに重要な役割を担ってきた田中だが、9月の欧州遠征2試合で基本布陣が4-2-3-1に戻ってからは、「ボランチの控え一番手」へと序列低下を余儀なくされた。その悔しさは並々ならぬものがあったはずだ。
 
「(欧州遠征でのアメリカ戦とエクアドル戦は)僕のポジションで言えば『AとB(主力とサブ)』という形でしょうし、それはしょうがない。ワールドカップメンバーに入って、出られないで終わるとしてもそれでいい。僕もそれなりの覚悟はできているんで。ただ、あとは見とけよと。それしかないです」と、田中はメラメラと野心を燃やしていたのだ。

 川崎時代はそこまで感情を表に出すタイプではなかったから、その変貌ぶりには驚かされたが、それだけW杯に賭ける思いが強いということ。あれから2か月間、田中は「必ず本番で結果を出してやる」と、虎視眈々とチャンスをうかがっていたに違いない。

 そしてドイツ戦前に守田が負傷。田中は初戦で先発し、歴史的勝利の一員となった。まさかの苦杯を喫した2戦目は出番なしに終わったが、遠藤の怪我も影響したか、再びスペインとの大一番でスタメンが巡ってきた。そこで攻守両面でハードワークし、ワンチャンスをモノにしたのだから、本人も感慨ひとしおだろう。


 
 努力と苦労が報われたと感じた様子だ。

「僕は自分自身を信じていたので。ここまで上手く行っていたかと言われると、上手くいっていないし、今もそう。その中でも自分を信じることをやめなかった。『ワールドカップで点を取る』と前々から思っていたし、言っていたので。

 なので、必然であれば必然だし、偶然であれば偶然なんですけど。今までの人生を含めて自分がサッカーと向き合ってきたことのご褒美を神様がくれたのかなと思います」

 森保一監督にとっても、手塩にかけて育ててきた東京五輪世代が揃って結果を出したことに、大きな手応えを掴んでいるに違いない。11月1日のメンバー発表でも「経験のない選手たちも、ワールドカップで成功したいという野心を持って戦ってくれると信じて選考しました」と発言。あえて大迫勇也(神戸)や原口元気(ウニオン・ベルリン)を外して、若手の伸びしろに賭けたことを明かしていた。
 
 その筆頭である田中が結果を出し、チームに新たな勢いをもたらしたのは確か。堂安、三笘、前田、板倉、冨安健洋(アーセナル)も良い仕事をしており、底上げが一気に進んだ印象も強い。

 良い流れをさらに加速させるためにも、12月5日のラウンド・オブ16、クロアチア戦をモノにしなければいけない。ベスト8という新しい景色を見てこそ、真の意味での日本サッカーの成長を示せる。

 偉大な先人・長谷部誠(フランクフルト)が長く背負った17番を継承した24歳のボランチには、今回の成功体験をより大きな力にして、より強い輝きを放ってもらいたい。

取材・文●元川悦子(フリーライター)