【専門家の目|家本政明】これまでより長めに取られているアディショナルタイム、競技規則を基に考察

 カタール・ワールドカップ(W杯)で、日本代表はドイツ代表、スペイン代表を破ってグループリーグを首位突破。クロアチア代表との決勝トーナメント1回戦では1-1のまま延長戦を終え、PK戦の末1-3で敗退が決定した。元国際審判員・プロフェッショナルレフェリーの家本政明氏は、この大会で話題となっているアディショナルタイムの長さについて言及している。(取材・構成=FOOTBALL ZONE編集部・金子拳也)

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 アディショナルタイムは試合中に“空費された時間”(選手の交代、負傷、懲戒の罰則、得点後の喜びなど)を埋めるために主審が決定するものだ。今大会はこれまでの各国リーグ戦、国際試合より、長めのアディショナルタイムが取られている。「ABEMA」で日本戦を解説していた元日本代表MF本田圭佑も「7分!?(ドイツ戦後半)そんなにある?」と驚きを隠せなかったほどだ。

 この傾向について家本氏は、これまでのアディショナルタイムがどう測られてきたのか、今大会の変化で何が求められているのかを考察。家本氏は競技規則を引き合いに出しつつ、例を挙げてアディショナルタイムの定義について話した。

「競技規則には交代、負傷、得点後の喜びなど、空費された時間があった場合は追加しなさいと記載してあります。どれくらいの時間が空費されたのかは主審の裁量によって決まりますが、正直、これまではあまり正確に追加されてきませんでした。例えば、前半までに15-0の試合があった時、得点後に再びキックオフされるまでにおおよそ1分から1分半くらいかかると言われているため、正確に取ろうとすると単純に15分以上は試合が伸びます。ほかに負傷や交代などのタイムロスを含めると、それ以上になってきます。選手やチーム関係者は『そんなに必要ないよね』という考えもあるため、主審はそのあたりを考慮して、正確さよりも納得感を大切にして時間を正確に追加しないという暗黙の了解や慣習のなかで決定されてきた、というのがこれまででした」

 今まで採用されてきたアディショナルタイムの概算の流れを説明し、「正確さよりも価値観や納得感を重んじてきた」経緯を述べた。そのうえで、競技規則の“正しさ”を重んじるために、今大会は国際サッカー連盟(FIFA)が示した方針があったという。家本氏は「W杯は4年に1度という希少性の高い大会で、時間には価値がある」とし、FIFAの判断について説明している。

「FIFAは時間が奪われるのは、激しさや得点といった面白さや喜びの機会を損失することになり、サッカーの魅力を高めることにつながらないと考え、よりフットボールの価値を高めるために正確なアディショナルタイムの計測を促しているのだと思います。この決定がレフェリーたちに伝えられ、現状の長さになっていると思います」

 この考え方は「至極当然のこと」と家本氏も賛同し、「今までのフットボールの慣習に対して、なあなあだったものを一回整理、基本に戻ろうとしているのだと思います。見ている人はいいプレーはたくさん見たい。割と多くの人に受け入れられる判断なのではないでしょうか」と今大会の傾向について見解を述べ、「ただ、何が正しいのか問うのは凄く難しいです。今までの慣習は間違っていたのかとなると、価値観に正しいも間違いもないので」と補足していた。

アディショナルタイムを正確に測れば「選手へ負荷がかかるのは当然」

 今後このアディショナルタイムの長さが浸透していくか家本氏に問うと「今大会次第でしょうね」とカタールW杯での採用で今後の採用が検討されると推測する。「それぞれの国や地域における歴史や文化、価値観なども絡んでくる話なので、時間が正確に追加されることを組織がどう考えるか、サポーターや選手たちがどう考えるか次第だと思います」と展開を予想した。

 また、現状試合中に追加時間を知っているのは審判のみで、「多くの人に可視化されていないのはアンフェア」と家本氏は主張する。今後、今大会のアディショナルタイムが定着するなら「空費された時間がいったいどれくらいあるのかは試合中からオープンになるほうがいいです。それによってチームの戦い方、戦術にも影響が出てきますし、選手も応援する人も安心してサッカーを楽しむことができるからです」と持論を述べた。

 家本氏は、長くなったアディショナルタイムが及ぼす選手への影響も考察し「サッカーは90分の試合ですが、実際はインプレ―なのは50から60分強だと言われています。サッカーは精神的にも肉体的にも非常に強度が高い競技なので、正確に時間を追加していくとその分選手へ負荷がかかるのは逆に懸念点でもあります」と負担増加を危惧。「VARなども入ってきてサッカーも変化していますし、今後もさらに変わっていくと思います」とテクノロジーの導入で変わってきているサッカー界を見据えつつ、「プレー時間が伸びるのは利点もあるので、今後の展開次第では交代枠や競技規則の変更、戦術の変容もあるかもしれません」とさらなる時代の遷移の可能性を予想していた。(FOOTBALL ZONE編集部・金子拳也 / Kenya Kaneko)