『ABEMAサッカー』の分岐点、2022年W杯
――はじめに、現在の担当業務について教えてください。
ABEMAスポーツ局にはビジネスプロデューサーとコンテンツプロデューサーというポジションがあり、前者はおもに編成業務や宣伝部と一緒にマーケティングの施策を考える役割で、後者はコンテンツの中身を考えるディレクション業務。僕は後者を担当しています。
僕自身は、もともとはテレビ朝日のスポーツ局でアシスタントディレクターやディレクターなどを担当していて、6年ほど前にABEMAに転職。ニュースチャンネルを担当していた2022年、ABEMAでサッカーW杯を中継することになり、社内公募に応募したのが僕にとっての『ABEMAサッカー』の始まりです。個人的には幼稚園の頃から高校まで実際にプレーしていたこともあり、このサッカー界最大のイベントで自分もチャレンジをしたいなという思いが強くありました。
――2022年のW杯中継以降、『ABEMAサッカー』の斬新な“仕掛け”がいくつも話題になりました。なかでも本田圭佑さんなど解説初挑戦の元選手を起用することはその後の新しいスタンダードとも言えるようになったのでは。
“その後”ということで言うと、僕はW杯での鄭大世さんの解説がとても印象に残りました。大会後もABEMAでやってもらいたいと思って猛プッシュし、現在もブンデスリーガなどで解説していただいています。
あと、EURO2024で初解説をお願いした長谷部誠さん。開幕2日前の夜中にマネージャーさんに必死に頼み込みました。「ABEMAでEURO全試合無料配信」というニュースは、当時それだけでも世の中的に大きなインパクトがありました。そこでさらに、現役を引退したばかりで、ドイツとの縁が深い長谷部さんが初解説として出演してくれたら、絶対にみてみたくなりますよね。そんな“思い”をマネージャーさんにぶつけて最終的に出演していただけることになりました。決め手は「良いものを多くの人に見てもらいたい」という熱量でした。
――W杯中継では「マルチアングル」など機能面も注目されました。
アルゼンチン代表のメッシ選手を追った“メッシカメラ”などいろんな方に楽しんでいただきました。ただ本来は中継映像こそが良いシーンの集約であって、マルチアングル機能はコアな人向けだと思うんです。ディフェンスラインのコントロールをしてる選手を見たい方など戦術に興味のある方には非常にいい機能ですよね。
日本代表でプレミアリーグ・アーセナル所属の冨安健洋選手にも「ボールを持ってないオフザボールのときに選手がどういう動きしてるか見られるのは勉強になる」と言っていただきました。中継は基本的にボールを持っている選手を追うことになるので、マルチアングルでそれ以外の映像をみられるのは育成世代にとってはとても良い環境なのではないかと思います。
――ABEMA独自映像の「アベカメ」も多くの反響がありますが、どのようにして生まれたものなのでしょうか。
これはファン目線で「これ見たい」「これ聞きたい」を実現したものです。今は海外のリーグで活躍する日本人選手も多いですが、試合直後の日本人選手のインタビューを見られる機会って少ないんです。ABEMAの中継の特徴として「コメント機能」もありますが、そこでもユーザーさんから声が挙がっていました。ただ、海外だといろいろな制約があるので撮影には大きなカメラを持ち込むのではなくスマホのカメラを使うなど、実現可能で持続性がある形を目指しました。
――ABEMAならではという点では、日本代表戦などでテレビ朝日と同時中継をすることがあります。そこでの工夫や苦労はありますか。
裏方の話になりますが、ABEMAというよりテレビ朝日の技術・制作の皆さんがとても工夫してくれています。通常、地上波の中継では現地に大きな中継車を入れそこでスイッチして東京に映像を飛ばす方法を取りますが、ABEMAはマルチアングルで使用する回線が多いのでABEMAオリジナルの映像は直接東京に映像を飛ばしています。見えないところでかなり複雑なことをしているので、技術スタッフさんは本当に大変なはずです。ABEMAの中継は他所から「こんなにやるの?」と言われるくらい手数をかけおり、そのうえでクオリティの基準は地上波と同レベルの水準を保っています。その背景にはテレビ朝日の技術・制作の皆さんの協力があるからこそ成り立っているんです。
「選手のファンになってほしい」という思いで作るスポーツ番組
――『ABEMAサッカー』では、中継以外のサッカーコンテンツにも力を入れていますよね。
ABEMAのスポーツ局では様々なジャンルのスポーツを扱っていますが、それらのターミナル的な番組を作る狙いで、2023年に『ABEMAスポーツタイム』(以下『スポタイ』)を立ち上げました。中継を見たくなる“きっかけ”となる番組を目指しているので、コアな人が見てもライトな人が見ても発見があるような内容を心がけています。
たとえば過去の取材で、サッカー日本代表の遠藤航選手を特集した際には、遠藤選手と同じリヴァプールに所属するエジプト代表のサラー選手が、同じ小学校にお子さんを通わせている“パパ友”だというエピソードを取り上げました。また、クリスタルパレスの鎌田大地選手からは「ゲン担ぎで、チームに入団するときに長袖ユニフォームを用意してほしいという要求をしている」という話をうかがいました。このような選手のパーソナルな部分に触れる話は、サッカーに詳しくない人にも選手に興味をもっていただけるきっかけになると考えています。
――誰もが自分事化できるエピソードは、多くの人に興味を持ってもらえるきっかけになりますよね。そのような企画はどこから生まれてくるのでしょうか。
企画は「これ見たいよね」と思ったらすぐに体が動いちゃってます(笑) ただ自分一人で考えても良いものにはならないので、早い段階でチームメンバーや、制作会社のスタッフ、選手のマネージャーさんなどいろんな方に相談しながらブラッシュアップしていきます。会社が違っても良いものを作るひとつのチームとして実現に向けて動いてくれています。
企画段階で意識しているのは、対象の選手を応援したくなる要素をたくさん盛り込むことですね。プレーの凄さはもちろんですが、人として興味を持って、応援したくなるポイントをいかに作っていくか。選手は、毎週たくさんの試合を戦って疲弊してる中、受けなくてもいい取材を受けてくれるんです。変なものは作れないですし、彼らの漢気や努力、優しさ、思いを伝えることで視聴者の皆さんが応援したくなってくれたらいいなと思ってます。
「とにかく足を運ぶこと」ABEMAサッカーならではの取材術
――番組を作る上で大切にしていることを教えてください。
僕が大切にしているのは、とにかく足を運ぶことです。10年ほど前はいろんなメディアが海外に行って選手取材を行っていましたが、コロナ禍を経てZoom取材とかも主流になった今、改めて現地で撮る映像が新鮮に見られるようになっていると感じています。
最近では、ブンデスリーガ・シュトゥットガルト所属のチェイス・アンリ選手に現地取材しました。いつも下調べはかなり綿密に行いますが、表に出ている情報だけをベースにインタビューしても、表面的なことしか聞けないんですよね。そこでこの時は、もっと身近な人しか知らないような事前情報が欲しくて、アンリ選手が「ドイツの父」と慕っているシュトゥットガルト在住の歯科医師さんが日本に帰国していた際に食事しながらお話をうかがってその情報を企画に落とし込みました。
あとは、取材のシチュエーションを絞らないという工夫もしています。スタジアムやクラブハウスはもちろん街中や車の運転中など選手の生活圏、アンリ選手の時は歯科医師さんのご自宅でも撮影させていただいて、そこでは家の中でくつろいでいるからこそ聞ける話を聞くようにしました。
――ほかにも、足を運んだからこそ実現できた企画があれば教えてください。
つい最近だと、世界的なイタリア人ジャーナリストのロマーノさんの取材です。サッカーファンの間では有名で、クラブ公式発表前の移籍情報を彼のSNSで知る人も多いんじゃないでしょうか。私たちは彼への取材にむけて約半年ほど取材交渉を重ねて、ようやく実現しました。
あとは、元日本代表の槙野智章さんに現地リヴァプールまで行っていただいた遠藤航選手のインタビュー企画が印象に残っています。2人は同じチーム(浦和レッズ)に在籍していたこともありとても仲が良いのですが、どちらもかなり多忙でスケジュール調整が本当に大変で。結局、当初の予定よりかなり後ろ倒しになりましたが、良い話を聞くために絶対に槙野さんの現地取材が必要だと思って粘りました。
この企画では、遠藤選手が運転する車の助手席に槙野さんが座り、2人きりの空間でお話をしていただいたんですが、カメラも槙野さんにお願いしたことで、近い関係でしか撮れない良い映像が撮れました。おかげさまで多くの反響もあり、視聴者の皆さんに喜んでいただける良い番組になりました。この企画を機に一人でも多くの方がサッカーに興味を持ってくれていたら嬉しいです。
先ほども言いましたが、パーソナルな部分に踏み込んだ企画からその選手の人となりを垣間見れることを意識はしていますが、特ダネを取ってバズればいいとは思っていません。僕らはメディアの仕事としてしっかりと下準備をして取材をし、ちゃんと本人に向き合ってこれまで表に出てこなかった新しい話を引き出したい。そのためにもシチュエーションは大事、だから足を運ぶのはマストです。机上では「これできたらいいな」「これ聞きいてみたいな」みたいな話がたくさん出ますけど、結局は「やるか、やらないか」。そこで「やる」を選択するのが『ABEMAサッカー』なんです。
目標は「サッカー界全体を盛り上げること」
――今後の目標やチャレンジしたいことを教えてください。
大きな目標としては、「サッカー界全体を盛り上げること」に寄与できたらいいなと思っています。試合そのものに演出を加えることはできませんが、試合中継を見てくれる人をいかに増やすかという部分でABEMAとしてできることはたくさんあります。
サッカー中継をみる人が増えれば、中継や配信を担うOTTサービスが増えビジネス面ではライバルが増えるわけですが、それでもサッカー界全体が盛り上がり常態として活気があることが何よりも大切です。そのために『ABEMAサッカー』はサッカーやスポーツのエントリーメディアとして、限界まで現地に足を運び選手の魅力を引き出して応援したい気持ちを盛り上げていきたいと思います。
また、今はYouTubeなど個人で動画配信しているスポーツ選手も多くいますが、選手自身で配信できる時代だからこそ、我々に「取材してもらって良かったな」って感じてほしいですし、視聴者には「ABEMAがやってくれてよかったな」って思ってもらえるものを作っていきたいです。我々はプラットフォーム側としての価値を感じてもらえるようなコンテンツをこれからも作り続けていきたいと思っています。
『ABEMAサッカー』https://abema.tv/video/genre/soccer
2024年11月30日から約1か月にわたり「アベマサッカー祭り」と題して、生中継やオリジナル企画を含む全30コンテンツ以上を無料配信。「国内サッカー祭り」に始まり「レジェンド祭り」や「次世代スター祭り」など毎週テーマごとに注目コンテンツを揃える。
◆河野晋也氏
株式会社AbemaTV
総合編成本部 スポーツ局 コンテンツプロデューサー
2012年株式会社文化工房入社。2019年よりAbemaTV、「ABEMA NEWS チャンネル」を経て、2022年より現職。サッカー中継および『ABEMAスポーツタイム』等のスポーツコンテンツ制作を統括。
「ABEMA」はテレビのイノベーションを目指し"新しい未来のテレビ"として展開する動画配信事業。
ニュースや恋愛番組、アニメ、スポーツなど多彩なジャンルの約25チャンネルを24時間365日放送。CM配信から企画まで、プロモーションの目的に応じて多様な広告メニューを展開しています。
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