単なる放送権の獲得ではない:「コンテンツを育てる」という真摯な姿勢
―総合広告会社である電通として、これまで数多くスポーツマーケティングを手掛けてきたことと思います。スポーツを通じて企業のメッセージを届ける意味や価値についてご説明願います。
野崎氏 昨今はバラエティ番組にも放送冠がありますが、やはりスポーツが持つライブの良さ、熱狂という面も含め、企業が1社で放送冠・事業冠になることで、大きなトレンドになると考えています。真摯な姿勢のようなものと重なり、それが企業メッセージを伝える上で非常に有効なコンテンツなのではと、強く感じています。放送冠はもともと地上波を中心に行ってきましたが、最近ではABEMAさんとの事例のように、デジタルとの融合も進めています。地上波放送だけではなく、デジタルと橋渡しをする、共存をする傾向があり、それは加速すると考えています。

―10月に行われた「キリンチャレンジカップ2025」において、ABEMAに放送冠が付きました。その経緯や意図についてご説明願います。
野崎氏 地上波では取りづらい層のターゲット拡大を考えた場合、やはり若年層があります。そこでABEMAさんの掲げる“エントリー層(コンテンツなどに初めて触れる人々)”をしっかり取っていくために、地上波だけではなく、動画媒体も合わせて検討する方が広告主のためになると思っていました。ABEMAさんは、サッカーはもちろんですが、その他のスポーツにも注力されているメディアという前提があったので、その特性を生かせると感じました。
―ABEMAではスポーツコンテンツの拡充を進めていますが、広告会社の立場から見て「スポーツに注力している」と見える具体的なポイントはどこですか。
野崎氏 一概には言えないですが、スター選手がいるスポーツの放送権を取り、一過性で流して「視聴数が稼げて良かったね」という印象を、ABEMAさんには持っていないです。ある意味でスポーツを育てていると思います。テレビ朝日が、まだ世界水泳が日本に根付いていないころから地上波で放送されていたのと似ているかもしれません。
一つのスポーツをしっかり育てていくという点ではメジャーな競技だけではなく、例えばモータースポーツなども丁寧に放送している。また放送だけではなく取材を見ていてもそう感じます。このスポーツに対する真摯さは、広告会社としても広告主に説明がしやすいし、理解も得やすいです。プロダクトとして、とても丁寧です。逆に丁寧でない放送局があるとすれば、最終的にプロダクトには大きな差が出るのではないでしょうか。「この放送局と組んで良かった」と思ってもらえればサステナブルな取り組みにもなるし「次はこうしよう」など、前向きな議論がしやすいと思います。
サッカーの日本代表戦のように、ある意味で出来上がった大きなものもあれば、まだ世の中の認知が足りないスポーツについてどう見せるか、どう学んでもらうか、どうコンテンツを育てるかということを常に考えてもいます。それを今、スポーツの土台を支えるものとしてABEMAさんというメディアパートナー、広告主、そして電通と一緒に取り組んでいければいいと考えています。
―単に「注力している」という枠に留まらず、一緒にコンテンツを「育てていく」ステージにあるということでしょうか。
野崎氏 私はモータースポーツに携わる時間が多かったので、ABEMAさんとの最初の接点もそれなんです。モータースポーツはまだそこまでライトなファンは多くないですが、コアなファンの熱量はすごいものがあります。まさにエントリー層をどう取っていくかが課題だし、いつ開花するかもわかりませんが、毎年少しずつ手法を変え、起用するタレントも変え、放送の形態も試行錯誤しながらやっています。また広告主側を見ても、こういったスポーツコンテンツを一緒に育てていくような取り組みには、参画したいと考える企業はとても多いです。

間口を広げる「切り抜き戦略」:若年層に響く視聴環境の提供
―ABEMAでは様々なスポーツを放送しています。コンセプトや視聴者層についてご説明をお願いします。
小谷氏 軸としては「無料で放送する」ことはなるべくぶらさないようにしています。基本的には無料で楽しめて、さらにより良くするなら有料で見てもらう形がベーシックです。いろいろな競技をABEMAで見てもらい、興味を持ってもらえる層を増やすことがミッションだと思っているので、若い人が新しくスポーツに触れ、それがABEMAの視聴者層のボリュームゾーンになってきているというのは、成果が出始めたということではないでしょうか。
今の若年層は自分の好きなタイミングで見ますし、テロップやイメージ、事前情報なども含めて見やすい環境で見るのが当たり前の時代になっています。ある程度、そのターゲットを意識しながら構成を組んだりもしているので、そこも強みになっていると思いますし、学生からM1、F1世代にも非常に多く見ていただけているのだと思います。

―若年層にとって、タッチポイントの広さ(間口の広さ)もABEMAの長所だという声もあります。
小谷氏 競技には最大限リスペクトする前提でのお話になりますが、例えばサッカーだと試合時間フルの90分を見て欲しいという思いはありますが、すごくライトな層やこれから見たいという人、もしくは誰かを応援したいと思っている人には、本当に1分あれば伝えられる時代にもなっています。そのために目線を変えて、1分でも楽しめる、それ単独でも楽しめるものを意識しながら、番組を制作していくことになります。短尺の動画を見たら、フル尺の本編も見たくなる。そういう流れを意識しながら作っています。動画にしてもTikTok用とYouTube用は違うし、それぞれ目線も変えています。若年層がどんどん見てくれている感覚もありますし、成功事例になっているので今後も積極的にやっていきたいです。
―タッチポイントを増やす上で「切り抜き動画」の効果も大きなものになっていますが、ABEMAとの取り組みでは、どのような印象をお持ちですか。
野崎氏 コンテンツの見せ方が丁寧で謙虚だと感じています。「いいコンテンツだから見ろ!」という押し付けではなく、伝えられる側に立った発信になっているところが、特に素晴らしいと思います。「謙虚な押し出し」とでも言うんですかね。だからこそ当たらないこともたくさんあるとは思いますが、それでもどこのメディアで(コンテンツに)触れるかもしれないと丁寧に作られているので、その周辺施策はとても素敵です。
―切り抜き動画では、サッカーならばゴールシーンのようなハイライトだけではない、選手の素顔などが伝わるものも多くありました。
野崎氏 スポーツとしてのいいシーンはニュースでも流れると思いますが、その裏側にあるちょっとしたインタビューであったり、コンテンツをいろいろな側面から見て切り抜くものがあったかと思います。それこそエントリー層にとっては、選手が好きで入ってくる人もいれば、サッカーのかっこよさで入ってくる人もいる。決めつけをせず、いろいろな発信がされていたと感じました。
小谷氏 「切り抜き動画」と聞くと、事後展開のイメージを持たれると思いますが、ABEMAでは事前施策としても力を入れています。「今回はこの選手に注目してみると面白いです」とか、試合の価値やテーマ性をなるべく事前に発信することを心掛けています。試合そのものがメインだとした場合、それに対してのきっかけは事前でも事後でも、SNSでもテキストメディアでもどこでもいい。そんな間口の広さがABEMAの特徴かと思います。

広告を「企画」として溶け込ませる:デジタルならではの柔軟な接点設計
―ABEMAに放送冠がついた「キリンチャレンジカップ2025」でも、様々な施策が行われたそうですね。具体例をご紹介ください。
小谷氏 そもそもキリン様にサッカーへの強い思いがあり、サッカーを支えていくために小さな子どもから大人までが楽しめる施策をしている中の一つが、キリンチャレンジカップであるとABEMAは考えていました。キリン様がやっているネーミングライツ的なことをどんどん広げるのも一つですし、試合を楽しんでいる人に対しては「Live Screen Ad」という形で広告的な訴求も行いました。キリン様自体のコンテンツもいくつもあって、僕らはそれらをしっかり映像化して、どれだけ接点を作れるかがメディアとしてのポイントだと思っていました。事前に収録したものを試合本編の中で入れ込むなどして、シームレスにキリン様の企画を見ていただくこともしました。
またスポーツをハイライト動画やニュースだけで見ているユーザーもいるので、ABEMAにあるレギュラーのスポーツニュースにパブリシティ的な形で映像を入れ込むなど、いろいろなところで接点が持ってもらえるようにアウトプットをしていきました。あとはスピーディに動けるのがABEMAのような媒体の良さですし、放送尺を気にすることもないので、そのあたりの柔軟性もご活用いただけたと思います。
野崎氏 広告主の意向によって無理やりに入れ込むようなことは、視聴者にとっても一方通行な施策だと感じています。そんな中、「キリンチャレンジカップ2025」の時は、解説の林陵平さんが勝利のハチマキを巻いてくださったり、柿谷曜一朗さんが手に持ってくださったり、試合の放送の中にキリン様がすごく溶け込めたイメージがありました。
また、JFA(公益財団法人日本サッカー協会)とキリン様が行われている「キリンファミリーチャレンジカップ」は幅広い層に対して訴求をされるものがありますが、ABEMAさんは北海道まで取材に来ていただきました。そのフットワークの軽さが良かったです。意向に沿って映し込むだけでいいのであれば、現地の映像だったり画像1枚だったりを番組構成に入れ込めば済む話ですが、しっかりと取材すると温かみも違いますし、これもコンタクトポイントに対する謙虚さにも繋がると感じています。

電通がABEMAと目指す「マネタイズだけではない」スポーツの民主化
―今後も地上波とデジタルの融合、さらにはデジタル単独でもスポーツマーケティングが活性化していくものと思います。ABEMAとして、今後どのようなことに取り組んでいきますか。
小谷氏 基本理念はあまり変わらず、みんなが好きなようにスポーツを楽しんでもらえるために放送していきたいです。これは個人的な考え方でもありますが、親子で何かに熱狂できる、仲間と長い時間熱狂できるものは、最近少なくなっていると感じます。ただスポーツには、その可能性がまだまだあると思っています。いろいろな世代が一緒になって楽しめる環境を作りたいし、ABEMAもそれを実現するインフラを目指しているという部分ではマッチしています。自分も親とスポーツを楽しみたいですし、子どもができたら子どもと何歳離れても楽しめる場を提供できるようにしていきたいです。
―広告会社の立場からして、今後の地上波とデジタルの融合について期待することなどあればお願いします。
野崎氏 「地上波の補完をデジタルでやる」という考え方は、もう過ぎ去っていると思います。デジタルで実施したことを、むしろ地上波で補完することも当然出てくるだろうし、たとえばABEMAさんとYouTubeなど、動画媒体同士で横断し、デジタルだけで完結するケースがあってもいいと思います。これからはさらにメディアを幅広く選べる時代になっていくと思うので、今後も国民的なメジャースポーツだけに留まらず、マイナースポーツも含めて、いろいろなスポーツコンテンツの民主化をABEMAさんと一緒に目指していきたいです。マネタイズだけのためのスポーツにはしたくないので、その点でもABEMAさんとしっかり組んでいきたいですね。
―ありがとうございました。

◆野崎 貴之
株式会社電通 ラジオテレビビジネスプロデュース局業務推進統括部プロデューサー
2009年に株式会社電通新卒入社。BS・CSメディア、ラジオ担当を経て、2017年地上波テレビ(テレビ朝日系列)担当。2022年第1ビジネスプロデュース局。2023年トヨタ・コニック・プロ株式会社へ出向。2024年にラジオテレビ局に帰任して、現職のスポーツデスクを務める。
◆小谷 隆詞
株式会社AbemaTV ビジネスディベロップメント本部 プロダクト部門統括
2015年 サイバーエージェント中途入社。2017年AbemaTVに出向。現在はABEMAの広告営業および商品開発を担当。広告主の事業課題に対してABEMAを活用して貢献するための商品開発のプランニング/スポーツ部門の統括を務める。
「ABEMA」はテレビのイノベーションを目指し"新しい未来のテレビ"として展開する動画配信事業。
ニュースや恋愛番組、アニメ、スポーツなど多彩なジャンルの約25チャンネルを24時間365日放送。CM配信から企画まで、プロモーションの目的に応じて多様な広告メニューを展開しています。
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