儲からない、同調圧力があるからできない? これからのテレビは調査報道やドキュメンタリーに取り組めるのか?『はりぼて』監督と考える

 スマホやSNSによってマスメディアが発信する短く断片的なニュースが大量に、そして瞬間的に消費されていく中、改めて注目され初めているのが「スローニュース」と呼ばれる概念だ。長期的な深堀り取材によるアプローチであるいわゆる調査報道やドキュメンタリー番組もその一つで、時に世の中を動かす可能性を秘めている。

 29日の『ABEMA Prime』では、富山市議会で発覚した政務活動費の不正問題を追及した『はりぼて』(チューリップテレビ制作)の共同監督で、現在は石川テレビ放送記者の五百旗頭幸男氏、そしてドキュメンタリー作家の小西遊馬氏とともに、テレビ局とスローニュースについて議論した。

【映像】「はりぼて」監督と考える報道の未来

■無意識のうちに権威主義に陥っているようにも思う

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 アイドルグループ「アンジュルム」の元リーダー・和田彩花は「メディアの役割は伝えることだとは思うが、その目的がはっきりしていないと、あやふやなことになってしまうと思う。例えば見た目で人の価値を決めるようなことは見直さないといけない時代になっているのに、小室圭さんがロングヘアだったというところだけをネタ的に切り取って騒いでいるのはなぜなのか、そういう報道をすることが公共圏にとってどんな意義があるのか、私からすると本当にわけがわからなかった」とコメント。

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 慶應義塾大学の若新雄純・特任准教授は「ワイドショーに出させてもらうようになって分かったのは、その日の放送の中で完結しないといけないという“パッケージ感”があることだ。しかも曜日ごとに制作チームが競争し合っている。そうなると『今週はこの特集で日々追いかけ、少しずつ明らかにしていこうという』アプローチよりも、1時間の中で『こういうことが見えてきたからこうかも?』ということを視聴者に提示し『分かった』『スッキリした』みたいなものを与るような作りになってしまう。視聴者に根気強く付き合ってもらいながら物事を明らかにし、最後の判断は視聴者に委ねますという設計をすることで、番組の作り方は変わっていくような気がする」と話す。

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 五百旗頭氏は「地域のメディアでコツコツと取材をし、その積み重ねをドキュメンタリーにしている立場からすると、全てのマスコミを一括りにして“マスゴミ”と言われてしまうのは本当に歯がゆい。大きなメディアにも、ローカルメディアにも、きちんと記者としての役割を果たしている人はたくさんいる。それでも“劇場型報道”のインパクトや、官邸記者クラブに象徴される“聞くべきことを聞かない記者“、“台本ありきの会見”に応じてしまっている記者の印象に絡め取られてしまっている状況があるのだと思う」と指摘する。

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 「また、地方から見ると在京メディアは力が強すぎるため、無意識のうちに権威主義に陥っているようにも思う。例えば“独自”というスーパーを付けたニュースが出ることがあるが、僕が県警キャップだった時代に同じことをしたことがあるから、自戒の念も込めて言う。あれは視聴者に向けたものというよりも、自分たちが業界内の勝負に勝ったということを誇る、あるいはメンツを保つためのものだ。そういうことを繰り返す延長線上に、“マスゴミ”という批判があるのではないかと思う」。

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 小西氏も「まさに“視聴者の不在”という問題があると思う。自分はネットで活動を開始した身なので、否が応でもフィードバックに触れることになる。そしてそういうアカウントを開いて見ると、学生服を着た女の子だったりもする。だから制作・発信する時、常にその人の姿が頭に浮かび、あの人たちはどう思うかな、傷つくことはないのかな、と考えるようになる。一方で、テレビのような大きなメディアになると、市民、視聴者の顔が見えにくいのではないか。だから視聴者から見て、制作者、情報発信者としての倫理感や責任感が見えてこないのだと思う」と応じた。

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 『ニコニコ』を手掛けるドワンゴの社長でもある慶應義塾大学の夏野剛・特別招聘教授は「新聞やテレビには、長い歴史の中で勝ち取ってきた“報道の自由”がある。記者クラブという存在が良いか悪いかは別にして、総理や官房長官の会見で質問できる権利を持っているのに挑戦をしないのは、すごくもったいない。例えばネットの討論番組の場合、流れるコメントを見ることになるので、参加意識が全く違うということはあるが、ニコニコが総理の会見に出られるようになるだけでも大変だった。フリーのジャーナリストはもっと大変だと思う。マスメディアは、その特権をちゃんと活かしてほしいな」と問題提起。

 さらに「コロナ禍を契機に、きちんと裏取りをし、当事者にも話を聞くマスメディアの役割はますます重要になってきていると感じている。逆に曲解や切り貼りの多いネット上の情報は信頼性を低下させている。ただ、マスメディアがそういうネットの情報に基づいて、それがどのくらい社会を表しているのかを検証しないまま、安易に“こういうキーワードが流行っている”などと流している地上波の番組もいっぱいある」と苦言を呈した。

■無理やり答えを作って提示することが、逆に世の中を歪めてしまう可能性も

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 五百旗頭氏が手掛け、後に『はりぼて』として映画化された調査報道の場合、午後8時まで報道の通常業務を届けた後、夜中の12時まで資料を調べ続けたという。最終的には富山市議40人中、実に14人が辞職する結果をもたらした。

 五百旗頭氏は「日々のニュース番組の尺には限りがあるので、物理的に深掘りしづらいことが出てくる。しかし何か一つのテーマを追っていると、やはり状況が変化していくので、その度に問題点を見つけ、特集として膨らませていく。それを繰り返しているうちに、一つのドキュメンタリーの形にまとめることができることになる。また、僕たちの使命は、多様な視点を提示することにあると思う。日々のニュースでは、ともすれば権力の側に寄ってしまったような視点で報じられてしまうこともある。そこを深掘りすることによって、逆の視点からもきっちり伝えることができるようになる」と話す。

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  「調査報道というとすごく難しく考えてしまうとは思うが、でも些細な市民目線での疑問を持ったときにそれを見逃さずにちゃんと調べられるかということだと思う。報道制作局にいた砂沢という記者とデスクを中心に、夜な夜な2人で調べ上げていって見つけたものだが、情報公開請求の結果、富山市議会からちゃんと領収書が出てきたことも大きく、それらを突き合わせ、周辺取材をすることで様々なことが分かってきた。その後、全国でも各メディアが同じように取り組んだが、他の自治体の場合、“海苔弁当”と呼ばれる黒塗りの資料が出てくることも多く、調べようがなかったというケースもあったようだ。そういう行政の問題点もある」。

 さらに「富山市議会の場合、政務活動費の運用指針が全国で最も厳しくなったので、その意味では報道の効果があったというか、僕たちが変えたという見方もできると思う。ただ、最初からそうした結果を狙っていたわけではなく、あくまでも結果だ。自分たちの報道により、14人の議員の人生を狂わせたとも言えるわけだから、その後も継続で取材はしていたが、どうしても不正を暴くところは映像的にもインパクトがあるが、議会改革の話に移ると途端に地味なので数字も取れず、トーンダウンしてしまう。そこを根気強くやり続けることが役割だという思いから、4年経って映画にした。

 ただ、それまで議会の重石となっていたドンが辞め、他の議員たちが辞めていったことで、二元代表制のバランスが崩れて議会の力が弱くなり、当局と市長が強くなってしまった。結果、やりたい放題になってしまう状況を招いてしまった部分もある。先程も言ったとおり、新たな視点なり論点なりを提示して、見ている人たちに考えてもらうことのが役割であって、答えを示すことではないと思う。やはり世の中には曖昧で複雑なことの方が多く、無理やり答えを作って提示することが、逆に世の中を歪めてしまう可能性もある」とも話した。

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 夏野氏は「五百旗頭さんたちの仕事はすごく大事だ。ネットの場合、名前が一定程度売れている人に対してはものすごくチェックが入るが、地方議会の議員の問題などは決してそうではない。しかし情報公開請求をすれば様々なものが出てくるということは示されているわけで、うちの自治体は大丈夫なのかと、地方のメディアが目覚めてくれないと、ダブルスタンダードが酷いことになってしまう。よく週刊誌報道について“社会的な影響が大きければ公人だ”という議論があるが、少なくとも公職に就いている場合は公人だ。そこを追及する人はいなければならない」と指摘した。

■同調圧力みたいなものに抗いきれず、流されてしまう

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 こうした調査報道やドキュメンタリーに取り組む上では、膨大な時間とマンパワーが必要になる。そこには、当然コストの問題も絡んでくる。五百旗頭氏は「富山県が進めていた立山黒部のブランド化構想プロジェクトの問題点を扱った『沈黙の山』の場合、当初から自分一人で議事録など読み込みながら日々のニュースの中でコンスタントに特集を出しつつ、番組にもした。その意味では、体制を作らなければ調査報道ができないわけではないと思うし、それはやらない報道機関の言い訳の一つになっているんじゃないかなという気はする」と話す一方、フリーランスで活動する小西氏は「やっと赤字が出ないくらい」と悩みを吐露する。

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 また、テレビ朝日平石直之アナウンサーは「もう一つ、大事なポイントとして、ものすごくお金がかかる一方、見てもらえるのか、つまりビジネスになるのか、という問題をどう乗り越えるかも非常に難しい」と問題提起した。

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 社会課題に関する調査記事を有料配信する『リディラバジャーナル』を運営する安部敏樹氏は「メディアと一口に言っても、作る機能と届ける機能の2つがあり、届ける機能が生み出した利益を作る機能に投資していたわけだが、ネット、SNSによってその環境が大きく変わった。その結果、作る機能にお金が回らなくなってしまったということだと思う」と分析。

 「調査報道にも様々なタイプがあるが、こういうものであればこれくらいのコスト、人員、時間がかかる、ということはわかるはずなので、全体でどれくらいの売上を作り、どこのタイミングで黒字化していくか、という事業プランを立てればいい。それは番組ごとにもできるはずだし、会社としてもできるはずだ。その点、日本のメディア業界の人材は作る機能の方に特化しすぎた結果、事業を見ている人材との相互理解や協力が不足しているように思う。

 その意味では、自分たちは作る側に振り切るのか、届ける側に振り切るのかを明確しなければならないし、作る側に振り切るのであれば、ある程度のポジションを取るとか、法律や政策ができて問題が解決される所まで見ていくといった必要があると思う。また、権力を追及するだけでは解決しない問題も増えてきた。その場合、問題そのものを構造的に解きほぐす必要もある。テレビでいえば、勇気のいる話だとは思うが日々の視聴率競争みたいなところから離れ、数年単位で戦略を立てて数字を管理し、視聴者との関係も築けるような、割り切った深夜番組が出てくればいいと思う」。

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 さらに五百旗頭氏は「物理的な問題以上に、実は記者クラブや社内のムード、空気に左右されるところも大きい」と明かす。

 「例えば知事や市長の会見で厳しい追及を続けていると、記者クラブ内で“いつまでそんな質問をしているんだ”という、白けたムードが醸成されてしまうことがある。社内においても、他部署の人間から“いつまでそんなことをやっているんだ。もういいだろ”みたいなことも言われてしまう。これはどこでも多少なりともある問題だと思う。そういう、ちょっとした同調圧力みたいなものに抗いきれず、流されてしまうところがあるし、いっそ身を委ねてしまった方が組織に属するサラリーマン記者としては楽だ。そういう心理的な問題の方が、今のメディアにおいては実は大きいんじゃないか」。

 平石アナは「それはおっしゃる通りだ。特に記者クラブの記者の場合、相手に食い込んで情報を取ってくるという役目が主になる。その中では、ある意味で自分のことを知って仲良くなってもらい、“この人なら話してもいい”という関係を作ろうとしていく。ただし、そういう関係になりと、今度は追及しづらくなってしまう。テレビの場合、そこは別の番組の人たちが追及するというように、役割分担をするしかない難しさもある」と応じた。(『ABEMA Prime』より)

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