指し手も荒ぶる超早指し戦においても、ベテラン棋士たちは相手への敬意、礼儀を忘れなかった。「第1回ABEMA師弟トーナメント」予選Bリーグ1回戦・第1試合、チーム森下とチーム中田の対戦が1月15日に放送された。この第4局で森下卓九段(55)と中田功八段(54)が対戦。両者ともに対局中、駒を落としてしまい、森下九段においてはあわや切れ負けという状況にも陥ったが、冷静な対応や、相手への気遣いを見せたことで、ファンから絶賛されることとなった。
持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールールは、最終盤ともなれば1手に対して残りが10秒もないような極限に追い込まれる。時間切れで負けたとあっては、プロにとっては“事故”とも言われそうなもの。そのプレッシャーが意識せずとも指先に影響を及ぼすのか、過去に行われた「ABEMAトーナメント」でも、時折棋士たちが駒を落としてしまうことがあった。
今回は一局の間に2つもあった。まず駒を落としたのは中田八段。まだ残り時間に余裕はあったが、駒台に置くはずのものが、盤の下付近に転がり落ちた。ここで気遣いの対応をしたのが森下九段。自分の持ち時間が残り8秒ほどだったにもかかわらず、その駒をともに探すような仕草を見せ、同時に自分の指し手も時間内に収めた。その数分後、今度は森下九段が駒を落とした。4一の地点に飛車を打ち込むはずだったが、この飛車がうまく指で挟めず、4一の地点を指差して意思を示した。これに中田八段も、はっきりとした声で「はい」と返事。わずか1、2秒の中でのやりとりではあったが、森下九段が確実に意思表示したことを、中田八段の声がしっかりと伝えることにもつながった。
この2つのシーンを見ていた視聴者からは「なんて素晴らしい」皆良い人すぎて泣くわ」「律儀な森下先生」といったコメントが寄せられたが、最初に駒を落とした中田八段は、試合後のコメントでも森下九段の感謝を忘れなかった。「森下さんの人柄のよさを再認識させられましたね。自分が秒読みなのに、相手が駒を落としているところ、心配してくれるんだもん」。弟子ためにと必死に戦う師匠同士の対局ではあったが、勝敗以上に正々堂々と戦う棋士の姿が見られる一局になっていた。
◆第1回ABEMA師弟トーナメント 日本将棋連盟会長・佐藤康光九段の着想から生まれた大会。8組の師弟が予選でA、Bの2リーグに分かれてトーナメントを実施。2勝すれば勝ち抜け、2敗すれば敗退の変則で、2連勝なら1位通過、2勝1敗が2位通過となり、本戦トーナメントに進出する。対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールールで、チームの対戦は予選、本戦通じて全て3本先取の5本勝負で行われる。第4局までは、どちらか一方の棋士が3局目を指すことはできない。
(ABEMA/将棋チャンネルより)