過去に例を見ない大接戦となった韓国大統領選挙。「文在寅政権の実態を正確に見て、主権者として審判してほしい」と訴えた最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソンヨル)候補が、「文大統領の夢見たような国を必ず作る」と訴えた与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補を僅差で破り、5年ぶりの政権交代を果たすこととなった。
選挙前から勝負のカギを握るとみられていたのが、無党派層が多い20代から30代の若い有権者の存在だ。ANNの井上敦ソウル支局長は「前回の大統領選挙では20〜30代の7割が投票に行った。日本と比べると、考えられないほどの高さだ。そんな若い世代が何を重視しているかといえば、それは北朝鮮との関係でも日本との関係でもなく、自分たちにどのような恩恵があるのか、その一点だ」と話す。
「韓国では不動産価格が上昇していて、普通に働いているだけではソウルで家を買うことはほぼ不可能だ。しかも大卒者の4人に1人は就職先がない。文在寅政権の5年間で貧富の格差が拡大した、このような厳しい世の中のことを若い世代は“ヘル・コリア(地獄の韓国)”と呼んでいるくらいだ。勝敗の行方を読むのが非常に難しい今回の選挙だが、事前の世論調査の中で唯一結果が変わらなかった項目がある。それは“政権交代を望むか”という質問に対し、常に5〜6割の人が“望む”と答えていることだ。“ろうそく革命”で誕生した文在寅政権に裏切られ続けた若い世代が、本当の政権交代を望むのか、それとも与党内の政権交代で良しとするのか、というところが見どころになった」。
■「友人が、“韓国には仕事がないから戻れない”と言っていた」
モデルでデザイナーの長谷川ミラは「韓国に住んでいる友人・知人も、若者同士で議論することが多いと話していた。例えば早稲田大学に通っていた友人は、“韓国には仕事がないから戻れない。なんとか日本で探さなきゃいけない”と高校生の頃から言っていたし、他の友人たちも、中学生の頃に“韓国には職がないから、とにかく英語などの言語スキルを身に付けていかないと”と言っていた。結果的にグローバルで通用している人が多いイメージがあるのも、そういう背景があるからだと思う。
それが日本の学生の場合、言い方は悪いかもしれないが、就職できなくてもフリーターである程度の収入は得られるから、という感覚があると思う。“ヤバいけどヤバくないんだな”っていう、ぬるい感じがあるし、高級マンションに住むよりも、自分の好きな雰囲気にDIYした家に住んでいる子の方がある意味でステータスが高い、みたいな感じもある。そして去年の衆議院選の時に若い人たちを取材していて多かったのが、“そんな勉強もしていないのに、自分の1票で変わっちゃったらどうしよう”という声だった。そういう政治に対する信頼の差とか、同じ“意識の高さ”でも違いがあると思う」と話す。
一橋大学大学院のクォン・ヨンソク准教授は「法制度も含め、あらゆる物事が“誰が大統領になるか”で大きく変わる国だ。だからこそ若い男性の7割〜8割、女性は9割が“自分の一票で国を変えられるんだ”と信じている。キャンドルデモもそうで、若い人たちが街に繰り出すことで強大な大統領を弾劾することができたし、尹さんが所属する野党「国民の力」の李俊錫さんが36歳で代表になれたのも、若い人たちが新しく党員になり、彼を押し上げたからだ。我々の世代にも、1987年の民主化運動の勝利の歴史がある」と説明。
「もう一つ、日本と違いがあるとすると、2大政党制だ。保守系政党とリベラル・革新系政党があるので、前回はこっちに期待をしてみてダメだったから、今回はこっちに変えようというような形で、両党が受け皿になる。今回の選挙でキャスティング・ボードを握っているのが20〜30代ということで、両候補もこの世代が喜びそうな公約を出してきた。大学の授業料の減免、住宅ローン融資を手厚くする、さらには薄毛治療の補助などだ。一方で、たしかに就職は大変だし、ソウル一極集中もあるが、ちょっと“高望み”している部分もある。みんながハイスペックというか、頑張った分だけハイリターンを求める、という部分もあって、構造的に変えなきゃいけない話でもある。
また、これまで20〜30代は基本的に民主党、いわゆるリベラル系の支持が厚かったが、ここにきて、特に男性に保守系支持が増えてきた。自分たちが兵役で2年ほどを棒に振る間、女性は留学したり、公務員試験を受けたりして、社会的に上昇していく。そういう、“逆差別を受けているんじゃないか”という葛藤が選挙に利用された部分もあったと思う。そこも踏まえて若い女性たちの票がどうなるか。女性の人権も大事だという李在明にいくのか。あるいはフェミニズムを標榜する進歩的な政党にいくのかが最終的な勝敗のカギでもある」。
■「ポピュリズムとの線引きが難しくなるのではないか?」
一方で、“あらゆる物事が変わる”ということの中には、カルチャー政策も含まれるようだ。
クォン氏は「盛り上がりの一方で、国の命運が決まるというくらいピリピリしている部分もある。それは検事総長出身の尹さんが、権威主義的な公約をバンバン出してきたからだ、ジェンダーの話にしても、女性の人権に関わる女性家族部という組織の廃止を謳っているし、反対派は弾圧するというような発言、あるいは平和的だったキャンドルデモについても取り締まると宣言している。世論調査で有利だった尹さんに対して李さんが拮抗してきたのも、民主主義が後退して中国のような権威主義になり、言論や表現の自由などが統制されてしまうんだという危機感の現れだと思う。
また、韓国のコンテンツ、“ソフトパワー”が世界で認められるようになったのも、民主主義の源泉になっているからだし、BTSも文政権だったから可能だった。尹さんが大統領になったとしても今の民主社会が変わることはないだろうという思いもあるが、今後はヒップホップも含め描いてきた社会の矛盾や権力の矛盾が、今後は青少年には向かないとなるかもしれない。かつては“ブラックリスト”が存在し、朴槿恵政権下では『仁川上陸作戦』という反共的な国策映画のような作品も平気で作られていた」と話した。
慶應義塾大学の若新雄純特任准教授は「ここ最近の日本の政治というのは、多数の人に関係することをドカンと変えようというよりも、少数の人が困っていたり、光があまり当たっていないけれど大事だということが焦点になってきたと思っている。だからこそ、“ほぼほぼ変わらない”という実感を抱いているのではないか。言い方を替えると、僕には影響はないから投票に行かなくてもいいかなと思えるくらい、多くの人が安定しているからだとも言えると思う。
その点、韓国の若者にとっては他人事ではないということになるのだろうが、それだけ重要なテーマがゴロゴロ変わるというのは、社会が未成熟な段階にあるとも言えると思う。そう考えると、政治家が変わるたびに色々なことがゴロゴロ変わる社会が理想だとは余り思えない。もっと言えば、20〜30代が重要だからといって、候補がそこに刺さるような過剰なキャンペーンをしていくと、ポピュリズムとの線引きが難しくなる。今の韓国の盛り上がりを見ると、みんなが冷静に政治を見られているのか、とも思う」と話していた。(『ABEMA Prime』より)
■Pick Up
・「ABEMA NEWSチャンネル」がアジアで評価された理由
・ネットニュース界で話題「ABEMA NEWSチャンネル」番組制作の裏側