将棋の世界にすっかり魅了された芸人が、ファン歴わずか2年で本まで出版してしまうから驚きだ。お笑いコンビ・サバンナの高橋茂雄は、藤井聡太竜王(王位、叡王、王将、棋聖、19)が活躍し始めたころから興味を持ち始め、そこから急速に「観る将」として成長。仕事の合間に放送対局をチェックしては、関連書籍にもどんどん目を通し、将棋番組への出演も増加。この春からはNHK Eテレ「将棋フォーカス」の司会も務めることになった。「ファン歴で言ったら、すごく短いですけどね」と言いつつも、その知識は将棋界関係者も驚くほどに増えている。まさに藤井ブームから入った「観る将」の代表格として、将棋のどの部分に心惹かれたのかを聞いた。
高橋が、将棋の世界にどっぷりとはまり始めたのは、藤井竜王が次々と最年少記録を更新し、いよいよタイトルを取ろうかという2年ほど前から。指すこともできるが、がっつり「観る将」ライフを送っており、おもしろいと思うポイントを次々と吸収していった。今回の著書「すごすぎる将棋の世界」も、これまで多数出てきた将棋の戦術本や、将棋自体の内容を伝えるものではなく、棋士自身の魅力やエピソードの話が大半だ。
高橋 マイナビ出版さんから、将棋の技術や棋力とかではなく「観る将」に対しての本がないので高橋さん、どうですかとお声がけをいただきました。将棋界というものが、どれだけすごい人たちで成り立っているのかを、本にしたいと思って語らせていただきました。僕もいろいろと本を読んでいますけれど、棋士の方の魅力や特徴がまとまった本というのは、意外になかったんですよね。棋士の個性的なところとか、将棋界の数々の伝説をまとめたらおもしろいんじゃないかと思いました。電王戦の本も何冊か出ているんですけど、第1回からFINALまでの歴史がまとまったものが欲しかったので、これも自分でまとめました。
ファン歴の短さからすれば、追加の情報収集、取材が必要かと思いきや、短期間で見聞きしてきたこと、直接棋士から聞いた話などをまとめていったところ、あっという間に1冊分のボリュームでは足りず、パンパンになってしまった。収めきれなかったものも多く、新情報を追加して第2弾、第3弾と出していきたいという青写真もある。
「観る将」になるきっかけとなった藤井竜王は、将棋史に残るような数々の名手を生んでいる。たとえば昨年3月、竜王戦2組ランキング戦の準決勝で松尾歩八段(41)を相手に指した「4一銀」という手。周囲では「神の一手」とも呼ばれるものだが、正直に言えば高橋はこの手の意味が、高度すぎてわからない。ただ、物語として非常におもしろかったからこそ、強く記憶に刻んでいる。
高橋 あの「4一銀」は、めちゃくちゃおもしろかったですよね。あの「神の一手」が生まれたのって、解説していた藤森哲也五段と及川拓馬七段がいたからこそだと思うんですよ。将棋ソフトが示してはいたんですが「こんな手、指せるわけがないじゃないですか」「こんなの指したら超サイヤ人ですよ」と言っていたところに、藤井さんが約1時間の長考に沈んだことで、ファンにも伝わったんだと思います。あんな難しいもの、ただ中継で流されていても、ファンは誰一人気付いていないんじゃないでしょうか。それを「え、こんなの絶対無理」みたいなトークがあって、将棋ソフトの最善手としても出ていて。そこに藤井さんが駒台にあった銀を持った瞬間に、観る将の鳥肌が立つ、みたいな。今のシステムがあったからこそ生まれた興奮だったと思います。
近いところでは、ALSOK杯王将戦七番勝負で藤井竜王が指した「8六歩」にも驚かされた。これもまた、アマチュアレベルでは理解するのも困難な手。さらにプロでも、なんでこんな損な手を指すのかと、驚きの声が続出したほどだ。
高橋 僕らのレベルで、あの「8六歩」が、どれだけすごいかわからない。実はその後、高見泰地七段と佐々木大地六段とお話をする機会があって、その「8六歩」について聞いたんです。そうしたら「あれは1回、こちらが損をしてでも指してほしい手で、それを勝手に打つってどういうこと?みたいなすごさ」とおっしゃっていました。ただ、その先もおもしろくて、高見さんと佐々木さんは「8六歩」を指すことを、何回か研究したことがあったらしいんですよね。むちゃくちゃびっくりする先生もいれば、それを既に検討されている先生もいる。将棋界でも、いろいろな考え方があるんだなと思った対局でした。
初見で驚く者もいれば、水面下では研究しつつもまだ実戦で試せていない者もいた。最終盤になれば力勝負の将棋でも、それに至るまでにいかに緻密な研究がなされているかが、よくわかるエピソードだ。
著者として1つ、藤井竜王の活躍で困ることがあった。肩書が変わることだ。高橋がこの本を手掛け始めたのは、昨年から。当時、まだ三冠保持者だったところ、発売日の3月23日には五冠になっている。また、順位戦でもB級1組からA級に昇級した。かつて、昇段ペースが異常に早く、各出版物が変更、修正に追われるという話があったが、高橋もその影響を初めて受けることになった。
高橋 王将戦の七番勝負もあっという間に終わったので、文章の差し替えが大変でした。本の中では、まだ藤井さんは順位戦のB級1組になっているんですが、それはA級に昇級したことを知らないんじゃなくて、出版の関係で間に合わなかったんです(笑)。
まさに日進月歩で「観る将」として育っている高橋だが、過去の歴史的瞬間を目の当たりにしていないのが、残念だという。羽生善治九段(51)の七冠独占、渡辺明名人(棋王、37)と羽生九段による初代「永世竜王」をかけた七番勝負など、まだ将棋に縁がなかった時代の快挙、名勝負は、これから歴史を遡るように知識を入れていく。その上で、目の間で藤井竜王が次々と作る、新たな歴史的瞬間を堪能する。
高橋 僕は過去にあった歴史的なビッグマッチを1つも見てきていないんですが、今から将棋ファンになる方は、藤井竜王が達成するであろう歴史的瞬間を、生で目撃できるわけです。これまでよりも絶対におもしろく見られると思えるのが、将棋界のおもしろいところですね。
中継、大盤解説、観戦記の時代から、今では将棋ソフトによる解析、さらにはネットを中心にファンの声も直接届き、盛り上がるようにもなった。将棋のルールは変わらずとも、その楽しさは何倍にもなっている。高橋の「観る将」ライフは、これからも充実していく。
(ABEMA/将棋チャンネルより)