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 日本が誇る『スプリントスター』前田大然が、6月10日のキリンカップサッカー2022・ガーナ戦で待望の代表初ゴールを決めた。3−1で迎えた80分に上田綺世に代わって投入されると、直後にそのシーンはやってきた。82分、MF伊東純也がドリブルでペナルティーエリア内右に侵入した瞬間について前田は「相手DFはクロスをあげるところしか見えないので、そこで裏を取ればフリーになれるという確信を持ってゴール前に入りました。伊東選手もギリギリまでクロスかシュートか迷っていましたが、どれを選択しても自分の体で押し込めればいいと思っていました」と振り返る。言葉通りに爆発的なスプリントで一直線にゴール前に入り込み、伊東のシュート性のクロスを、トップスピードで滑り込みながら自らの身体ごとゴールに押し込んだ。

 伊東純也、三笘薫古橋亨梧と今の森保ジャパンには前田以外にも三人のスピードアタッカーが顔を揃えている。それゆえに彼らはよく比較されるが、それぞれの個性があり、同じスピード系でもタイプは異なる。

 そうなった時に「前田のタイプとは?」と問われたら、「攻守において同じ強度で連続したスプリントができる稀有な選手」と答えたい。スピードというより、スプリント力に長け、一瞬でトップスピードに乗ることができる。方向が切り替わってもスピードが落ちない姿には驚かされるばかりだ。前田最大の武器と言えるこのスプリントセンスを磨き上げることができたのは、彼の弛まぬ努力の賜物だが、この過程に大きな影響を与えた二人のキーマンがいた。

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■高校時代の空白の1年。除籍処分を下した恩師の親心

 一人は現在、アルビレックス新潟シンガポールで指揮官を務める吉永一明氏だ。吉永氏は当時、前田が所属していた山梨学院高校サッカー部の監督を務めていた。

 今から10年前のチームの大阪遠征で、大阪出身の前田は中学3年生ながらも練習に参加。「速くて点が取れる選手」と吉永氏に評価されて翌年からの入学が決まった。高校入学後は寮生活でサッカー漬けの日々を送るなかで、持ち味のスピードにさらに磨きをかけ、1年生の終盤戦になると出番を掴むようになった。そんな前田が高校2年生を迎えるタイミングで、ある出来事が起こった。

「あるチームメイトに対して、大然ともう一人がいじりのつもりでちょっかいを出していた。周りの選手から見ると度を越しているように見られる状態でした。事態を重く見て、大然を含む2人を1年間の除籍処分とすることを決めました。正直、苦渋の決断でした。大然には『転校して別のところでサッカーをやるのも手だぞ』と言いましたし、親御さんにも『このまま寮で生活させるわけにはいきませんので、退寮し、近くで一緒に住んでもらわないといけません』とも伝えました」(吉永氏)

 相当重い処分だった。だが、前田は憧れて入学した山梨学院を辞めることはせず、除籍が解けるまで黙々と毎日、自分に向き合いながらトレーニングに打ち込むようになったという。山梨学院のサッカー部の人工芝グラウンドは校舎から離れた場所にあるが、前田はそのグラウンドに立ち入ることを禁止された。チームメイトの試合を観るときも、フェンスの外から見るしかなかった。

 それでも試合には毎回足を運んだ。日々のトレーニングも欠かさず、毎朝6時前には起床をして人工芝グラウンドの周辺を黙々とランニングしたり、ダッシュを繰り返したりした。吉永氏はその姿を、自宅からグラウンドに向かう車の中からいつも見ていたが、一度も声をかけることはなかった。

「ちょっと彼に対して冷たいのではないでしょうか?」

 吉永氏の下にはそういう声も届いた。「もちろん学校に残した責任もあるし、サポートしたかったので、申し訳ない気持ちもありました。でも、あってはならないことで除籍をした選手に対して監督が変にかまってしまうと、サッカー部全体にもいい影響は与えないし、ここで手を差し伸べてしまうと本人のためにもならない」と前田自身の奮起に期待を込めて心を鬼にした。その一方で前田のクラス担任や学年主任の先生にお願いをし、サポートの協力をしてもらっていた。

 加えて時間さえあれば、こっそりと前田のクラスを覗いて、彼の様子を遠くから観察をしていた。前田が髪を伸ばした時期もあったが、「(髪を伸ばしたことに)触れて欲しいのかなと思いましたし、触れてあげたかったけど、そこも我慢しました」。

 前田は学校生活においても早くから登校して掃除を実施するなど、クラスメイトのためを思っての行動が増えた。そんな前田に対して、吉永氏は徐々に復帰への道筋を作っていく。高校2年生の秋には社会人チームにお願いをして前田を練習参加させ、一人ではなくみんなでボールを蹴るという感覚を取り戻させた。社会人チームの練習試合にも出場できるようになり、徐々に復帰へのカウントダウンが始まっていった。

 そして1年が経ち、吉永氏は前田との話し合いと周りの部員たちの同意も得て、サッカー部復帰を決めた。

「今までは自分のためだけにサッカーをしていました。でも、それは仲間がいてくれないと成り立たない。多くの人の支えがあるからこそ、プレーできているんだと痛感しました。チームのために走りたいし、戦いたいです」(前田)

 空白の1年を経て、彼は大きく変わった。復帰後すぐはボールコントロールでのミスが多かったが、スピードは2年前よりも速くなっていた。吉永氏が一番驚いたのは、スピードの強度が倍増していることだった。これは前田が自分のためのスピードから、仲間のためのスピードへと意識を変化させたからこそもたらされた大きな成長だった。

「この1年しっかりやれば高卒プロになれる」と確信した吉永氏は前田に明確な目標を提示し続けた。前田も本気でプロを目指すようになり、攻守における爆発的なスプリントを惜しげもなく出し続けた。

「彼はみんなとサッカーをすることが嬉しくて、3年になってからは痛いとか疲れたとか一切言わなかった」(吉永氏)

 大きく成長を遂げた前田だったが、1年のブランクの影響もあり、吉永氏が複数のJクラブに練習参加を頼み込んでもいい回答はもらえなかった。それでも二人で粘り続けた結果、最終的に複数回練習に呼んでくれた松本山雅から正式オファーが届いたことで、12月というギリギリのタイミングで高卒プロという目標を達成した。

 しかしプロ入りから順風満帆な道のりを歩んできたわけではない。1年目はJ2リーグ9試合に出場をしたが、いずれも途中出場でプレータイムは僅か54分。しかし、2年目を迎える2017年に二人目のキーマンに出会った。 

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■才能が一気に開花した水戸時代。スプリントスターの原点

 J2水戸ホーリーホックの強化部長だった西村卓朗氏(現在はGM)は松本の別の選手の売り込みがあり、視察をしたところ途中から出てきた前田のスピードに目を奪われた。

「めちゃくちゃ速い選手がいるなと。当時、僕はスピードアタッカーを探していたので、すぐに欲しいと思ったんです」(西村氏)

 西村氏はすぐに松本にアクションをかけ、試合の出場機会を欲していた前田の想いと合致して、期限付き移籍での獲得を決断する。開幕から5試合は出番がほとんどなかったが、西村氏は「必ずレギュラーを掴んでくれる」という確信があった。

「沖縄キャンプでフロンターレを相手に2点を取って、得点能力があるのはわかっていたし、何よりGPSの数値も彼だけ異常。特にスプリントの強度がとてつもなく高かった。実際に紅白戦や試合を見ても、スプリントの回数と質がずば抜けていた」(西村氏)

 J2第6節のレノファ山口戦でFWとしてプロ初スタメンを飾ると、立ち上がりから爆発的なスプリントを何度も繰り返し、いきなりプロ初ゴールを叩き出し、勝ち点1の獲得に貢献。以降は不動のレギュラーの座を掴み、終わってみればリーグ36試合出場(うちスタメン33試合)で13ゴール3アシストと大暴れをしてみせたのだった。

 この間、西村氏は前田に唯一足りないと感じていたフィジカルコンディションを整える身体のケアへの意識を徹底的に植え付けさせた。これにより前田自身が爆発的なスプリントを生み出す身体としっかりと向き合うきっかけを掴めたことも飛躍に大きく影響した。

「1年間、サッカーへの向き合い方には全くぶれがなかった。だからこそ、レギュラーを掴み取った段階で、『彼とは1年の付き合いになるな』と思いました。来季は松本に戻ってから、さらなる上のステージや海外に羽ばたいて行くのだろうなと」(西村氏)

 西村氏が思い描いた通りの道を今、前田は歩んでいる。水戸を離れる時、前田は「水戸に来てよかったです。決断して本当によかったです」と感謝の意を述べたという。周りの支えと自身のサッカーを続けたいという思いが『当たり前の努力』という形となって、彼のパーソナリティーとプレースタイルを構築させていった。

 2018年に松本へと復帰すると、レギュラーとしてチームのJ1昇格に貢献。2019年にはシーズン途中でポルトガルのCSマリティモに移籍し、コンスタントに出番を得た。2020年8月には横浜Fマリノスに移籍をすると、ここでアンジェ・ポステコグルー監督に出会い、さらに才能が開花。2021年はJ1リーグ得点王に輝き、横浜FMで不動の地位を築いてから、2022年にポステコグルー監督が就任をしたスコットランドの強豪・セルティックに移籍をして、そこでも攻守における爆発的なスプリントを駆使してリーグ6ゴールで優勝に大きく貢献した。

 そして、今、W杯出場に向けて彼は変わらぬプレーを見せ続け、冒頭の代表初ゴールを叩き込んだ。

あのワンチャンスであのボールに触るのは大然らしい。パラグアイ戦で外しまくっていたので、ほっとしました(笑)」(吉永氏)。

「大然らしい初ゴールで本当に嬉しかった。大然は水戸の人たちからすると、『水戸から生まれた選手』という自負があるからこそ、地域全体が喜んだゴールだと思います」(西村氏)。

『変わらず腐るか、変わって未来を切り開くか』の2択を迫られた16歳の少年が、後者を選んで駆け抜ける壮大なストーリー。『スプリントスター』前田大然は自らの信じる道を走り抜く。常に周りへの感謝の気持ち、仲間とサッカーができる喜びを噛みしめながら──。

文/安藤隆人
写真/浦正弘 

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