16年前の論文に捏造疑惑…世界の研究者の長年の努力は無駄に?今後の研究や創薬への影響は?『アルツハイマー征服』著者に聞く
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 アメリカの科学誌『Science』が認知症の一つであるアルツハイマー病の研究論文について捏造の疑いがあると報じた。

【映像】アルツハイマー病論文に捏造疑惑...治療薬開発に影響は?

 指摘を受けたのはイギリスの科学誌『Nature』が2006年に掲載した論文で、用いられた画像が研究者の都合の良い結果になるよう操作されたものだったというのだ。

 全世界に5500万人以上いるといわれる認知症患者の6~7割を占めているとされるアルツハイマー病。待ち望まれている効果的な治療法の研究にも影響があるのではないかと、波紋が広がっている。

■「今回の疑惑が研究や創薬に与える影響はほとんどない」

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 ところが『アルツハイマー征服』(KADOKAWA)の著者でノンフィクション作家の下山進氏は、「今回の疑惑が研究や創薬に与える影響はほとんどない」との見方を示す。

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 「今回の記事は編集部ではなく外部の調査報道記者が売り込み、6カ月にわたって調査さられたのちに掲載されたものだ。サイエンスによれば、他の研究者からも“あの論文はおかしい”という調査要求がNIH(アメリカ国立衛生研究所)に出されたようだ。

 問題とされたのはシルヴァン・レスネ氏(ミネソタ大学)という研究者による、アルツハイマー病の原因遺伝子を組み込んだマウスの脳から神経細胞を変形・死滅させる物質アミロイドβ*56を生成することに成功した、という論文だ。

 記事では、違う株から取った物であるにも関わらず全く同じ形のバンドがあるなど、論文に出てくる画像に“コピペ”があったのではないかと指摘している。

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 また、アルツハイマー病の創薬がアミロイドβの固まったオリゴマーが毒性を持つことをターゲットにしていることから、その礎石となっている論文が嘘だということは、以後20年間の研究が砂上の楼閣のように崩れていってしまうとも指摘している。

 もともと他の研究者が同じ手法で試してもマウスの脳からアミロイドβ*56を生成することはできなかった。アルツフォーラムという、アルツハイマー病の研究者のサイトによれば、レスネ氏がかかわった他の論文についても疑義が次々と見つかっている。つまり問題の論文は捏造だという『Science』の記事の指摘は正しい。アミロイドβ*56自体が作られてなかったということだろう。

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 しかし、「その後の研究や創薬が影響をうける」という記事の指摘はまちがっている。オリゴマーが毒性を持つということはデニス・セルコーという研究者が『Nature Medicine』に掲載された論文他で証明されている(2007年)。つまりレスネ氏の論文がアルツハイマー病の創薬の礎石となっているかというと全くそんなことはなく、いわば離れ小島みたいな研究だ。私も2000年代からアルツハイマー病の取材をしているが、レスネ氏の論文については初めて知った」。

■捏造するのは「非常に有名な研究室に所属している人物であるケースが多い」

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 その上で下山氏は、捏造が起きてしまった背景について次のような見方を示した。

 「たとえば50%の確率で若年に発症する家系があることから、1980年代に遺伝子の変異を特定できればアルツハイマー病の原因が分かるのではないかということで研究が行われた。そこで分かった突然変異をマウスの遺伝子に挿入すればアルツハイマー病を発症するようになるし、創薬にも使えるはずだと。こういう時に捏造が起こりやすい。

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 実際、1991年にワシントンの研究所にいたジェリー・ヒギンズが出した論文が『ネイチャー』に掲載されたが、“これはマウスの脳細胞なんかじゃない。人間の脳細胞の画像じゃないか”と指摘が出た。しかし査読者も含め、皆がコロッと騙された。結果、論文はリトラクション(撤回)され、ヒギンズの研究者生命も終った。

 ところがその4年後、カレン・シャオやドラ・ゲームスが仮説に基づくトランスジェニックマウスを実際につくり論文を掲載した。つまり、有力な仮説が出ているが、証明されていないという状況のときにこうした捏造が起きやすい。自分が提唱された仮説を一番に証明したという実績が作れば研究費も受けられるということで誘惑に駆られてしまう研究者が出てくるということだ。

 今回のケースもそれによくにている。アミロイドβのオリゴマーが毒性を持つのではないかと研究者が考えた時期にこうした論文が出た。

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 また、捏造が起こるのは、先進的な仮説を唱えている、非常に有名な研究室に所属している人物であるケースが多い。それはボスが提唱する仮説を証明するようなデータを上げてくる研究員を重用するからだ。問題となっている論文を書いたのも、ことごとくボスであるカレン・シャオの期待に添うものだからではないか。

 そこで出てくるのが、なぜ査読者が見抜けないのか、という問題だ。実際、1991年の論文を査読、今回の論文についても捏造だと言っているデニス・セルコーは“査読者というのは出されたデータが真正なものだと思って見るので、改ざんがあった場合はなかなか見抜けない”と私の取材に答えている。それはそうだと思う」。

 また、今後の見通しについて下山氏はこう話す。

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 「今回のことでエーザイの『レカネマブ』もオリゴマーをターゲットにしているので、その基礎が崩れたとネット上では言われているが、そんなことはない。

 バイオジェンの『アデュカヌマブ』は“フェーズ3”といって1500人規模の治験を2つのうち1つで有効性が証明できたので、FDAが条件付きで承認した。しかし社会的に受け入れられず、日本でも承認されなかった。

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  エーザイも『レカネマブ』の投与によって進行が食い止められたという統計的に有意な結果を証明しなければいけないが、その結果が9月にわかる。それによって承認の可能性もある。

 『レカネマブ』は、アミロイドβが溜まり始めた頃をターゲットにしてはどうか、ということで別の治験も行っている。認知症の症状が出る前に、この人は溜まりそうだなというところで投与したらどうなるかという、4年、5年という息の長い治験を行っている。

 こうしたことで良い結果が出れば、アルツハイマー病の治療は大きく変わるだろう」。(『ABEMA Prime』より)

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