令和の時代に現れた天才棋士・藤井聡太竜王(王位、叡王、棋王、王将、棋聖、20)が、ついに名人に挑戦する。初参戦となった順位戦A級を7勝2敗とし、広瀬章人八段(36)とのプレーオフに勝利。2016年10月のプロデビューから6年半で、渡辺明名人(38)への挑戦権を得た。奪取すれば、谷川浩司十七世名人(60)が持つ最年少名人記録、21歳2カ月を更新することになる。藤井竜王の奇跡的な活躍に「現実がラノベを超えた」と言い続けてきた将棋ライトノベル「りゅうおうのおしごと!」の作者・白鳥士郎氏は「いよいよですね。タイトル戦の経験不足はありえない。もう力と力のぶつかり合いなので、藤井竜王が名人になられることも想定できる状況です」と、快挙の瞬間を予想している。もはや将棋のタイトルの一つではなく、秀でた者を意味する言葉として日本中に定着した「名人」。藤井竜王は、その名を日本の歴史に刻めるか。
【映像】渡辺明名人 VS 藤井聡太竜王 名人戦七番勝負第1局
「名人」。遡ること今から400年以上前の1612年、江戸時代だ。徳川家康主導の下、将棋指しの家元の第一人者が名乗った称号として生まれた。初代は大橋宗桂。十一世からは名人戦を制したものが名乗る「実力制名人」へと移行し、現在に至る。現将棋界では8つのタイトルがあるが、最古にして最も権威のあるタイトルと呼ばれている。
白鳥 現在は1期獲得しても名人と呼ばれますが、永世名人になると初代から続いている名人の一人になれますね。「名人」は将棋界の制度として生まれましたが、たとえばファミコンの「高橋名人」のように、何かがうまい人に対して「名人」と呼ばれます。もはや名人は一般的な呼称で、日本人の歴史の中に存在するものです。将棋のタイトルというよりも、一つの象徴。もしそこに藤井先生が入るようになれば、すごいことです。いずれ「名人といえば藤井先生」という時代も来るんでしょう。
偉業への挑戦を前に、藤井竜王にはまた神がかった勝負強さが戻ったような印象があるという。藤井竜王といえばデビュー直後から続けた史上最多の29連勝で一躍時の人になった。その時は、完全に敗勢だったところを、なぜか逆転してしまう将棋もあった。同じく最近は、トップ棋士同士の対戦ばかりで、隙を見せれば逆転は難しいはずなのに、なぜか最終盤での大逆転が続いた。その結果、朝日杯将棋オープン戦、銀河戦、NHK杯テレビ将棋トーナメント、将棋日本シリーズ JTプロ公式戦という、若手棋戦を除いた全ての一般棋戦を制するグランドスラムを達成した。
白鳥 渡辺名人から棋王のタイトルを奪取して最年少で六冠になられましたが、タイトルの数は、世間的にはもうそこまでのインパクトがなくなってきていますよね。一方で、一般棋戦のグランドスラムはすごいです。「ちょっと本当に…?」という気がしますよ。勝負強すぎます。自玉に詰みがあるところから逆転しましたし、特に朝日杯はすごかった。今年度は相掛かりから角換わりへフォームを変更されましたし、それで勝ち続けるのもすごいです。
もともと詰将棋による終盤力には突出したものがあった。相手玉を詰ます能力とともに、自玉の安全度を認知する能力にも長けている。劇的な逆転劇の裏には、相手に対して「ひとつ間違えば終わり」という状況を、何度も突きつける強さがあると見ている。ただそれよりも、多くの棋士が研究している角換わりで驚異的な勝率を上げていることが信じられない。
白鳥 角換わり戦が強すぎるじゃないですか。先手の角換わりはもう先手がいいんだと、そこを追求しているんでしょうね。今ではソフトでも角換わりの勝率は高いですから。もう負けないんだと、明確なイメージで追求しているんだと思います。今や一番いいソフトをみんなが使っているような状態なので、序盤の研究に関してはみんな一緒なんです。そこを抜けた後、ソフトのように正確に指せるかの勝負。そこに関しては藤井先生に一日の長がある。指定局面からどう指すかというトレーニングをしているんじゃないかと思っています。
白鳥氏には、一つの思いがある。努力に努力を重ねて棋士になり、さらに限られた存在がタイトルに挑戦、さらには獲得という夢を追いかけてきたが、近い将来にも独占してしまおうという藤井竜王という存在が出た。これを見て、他の棋士はどう思うのか。
白鳥 棋士も女流棋士も、トップが固定されてきて、手の届かない存在になりつつあります。そうなると自分の存在意義に悩む方も出てくると思うんです。スポーツ選手のように、すぐに引退となる競技ではないだけに、自分自身の決断やモチベーションにかかってきます。多くの棋士、女流棋士たちが普通の生活を犠牲にしてまで強さを求めてきたのに、タイトル戦にも行けないとなってくれば、他の幸せを求める人が出てきてもおかしくありません。藤井先生が全冠を取った時、藤井先生は変わらなくても周りが変わるかもしれない。食らいつこうとする人、気持ちがなくなる人。それでも強くなるんだという人と、藤井先生はタイトル戦を戦うんだと思います。
小説をはるかに超える現実を生み続けてきた藤井竜王。名人を奪取し、さらに歴史上の人物に近づいた時、将棋界に新たな変革の時期が迫る。
(写真提供:日本将棋連盟)