IBF世界ライトフライ級タイトルマッチが12日、愛知県国際展示場で行われる。王者シベナティ・ノンシンガ(南アフリカ)に挑むのは元WBC世界王者の矢吹正道(LUSH緑)。2022年3月、寺地拳四朗(BMB)とのダイレクトリマッチに敗れて王座陥落した元世界チャンピオンが人生をかけて挑む世界タイトルマッチの行方を占う――。

【映像】矢吹、前日計量で「バキバキ」ボディ

「落ち着いているし、自信はあります。過去の自分より今のほうが強い」。

 7日、名古屋市内で開かれた公開練習で、矢吹はいつものように静かに、それでいて決意に満ちた言葉を口にした。続けて「全力を出し切って負けたらそれまで」とも。この一戦にかける思いがひしひしと伝わってきた。

 天国と地獄を味わった最初の世界タイトル獲得、そして王座陥落から2年半が経過した。2022年9月、WBC王座を9度防衛中の安定王者、寺地にチャレンジした一戦は不利を伝えられながら、大激戦の末に無敗のチャンピオンを沈めて10回TKO勝ち。念願の世界タイトルを獲得した。

 しかし翌年3月、攻守を入れ替えた再戦では、リベンジに燃える寺地がまさかのファイタースタイルに変貌を遂げ、先手を取られた矢吹は自慢の強打を繰り出すことができず、なす術なく3回TKO負け。ぐうの音も出ない敗北だっただけに、「矢吹は終わった」という声も聞こえてきた。

 このどん底から矢吹は再起するのだが、その道のりも決して平坦ではなかった。23年1月、IBF挑戦者決定戦に勝利して世界挑戦に前進したものの、同年5月に左アキレス腱を断裂。けがをした瞬間は「ボクシング人生が終わったと思った」と目の前が真っ暗になったという。

 けがが癒えてからもすんなり世界戦が決まったわけではない。IBFからなかなか世界挑戦の指令は出ず、ようやく試合の目処が立ったのは今年8月に入ってから。試合発表の記者会見で矢吹は「やっと決まったか、という感じですね」と苦笑したものだ。

 こうして迎える3度目の世界タイトルマッチは試練の一番となる。大きな壁として立ちはだかるのが25歳のノンシンガだ。無敗のまま22年に世界王者となり、2度目の防衛戦で伏兵のアドリアン・クリエル(メキシコ)にまさかの2回KO負けで王座陥落したものの、今年2月の再戦は10回TKO勝ちで雪辱、しっかりベルトを取り戻した。

 13勝(10KO)1敗の戦績を誇るノンシンガは距離を取ったアウトボクシングを得意とし、思い切り振り抜くパワフルな左右のフックで相手を脅かす。一方、クリエル第2戦では接近戦で打ち合うスタイルも見せており、距離を詰めてしまえば弱いというわけでもない。8日に名古屋市内で行われた公開練習では、「すべてのパンチに自信がある」と貫禄十分に言い放ち、チャレンジャー撃退に強い自信を見せた。

 イギリスの大手ブックメーカー、ウィリアムヒルが3-1でノンシンガ有利のオッズをつけている。海外では「チャンピオンが防衛するだろう」という見方が有力なのだ。しかし、32歳の矢吹はそんなことをまったく気にしていない。互いの戦力を冷静に分析し、勝利を引き寄せられると信じている。

 矢吹の最大の武器は、タイミングが良く、射程の長いジャブだ。ジャブのクオリティーでは王者をしのぐと見ていいだろう。加えて右強打はこのクラスでトップクラスの破壊力を持つ。16勝のうちKO勝ちが15という数字がパンチャーぶりを証明している。

 キャリアで4敗していることもプラス材料にとらえたい。敗れた相手は寺地に加え、現役世界王者の中谷潤人(M.T)、ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)、元世界ランキング1位のダニエル・マテヨン(キューバ)と一流選手ばかり。矢吹はいつだって強い相手と臆することなく拳を交え、たとえ敗れても必ずはい上がってきた。リングネームをもらった『あしたのジョー』の主人公、矢吹丈に通じるハングリーさが矢吹にはあるのだ。

 試合は、挑戦者自身が「倒れるならお互いカウンター」と話すように、一瞬で景色が変わるようなスリリングな展開が予想される。ノンシンガは強打の持ち主であると同時に、過去2戦ではメキシカンのボディ攻撃を受けて苦しむシーンを何度か見せた。クリエル戦のKO負けを踏まえても決して打たれ強いタイプではない。

 矢吹はボディ打ちも十分意識しながら試合を組み立て、チャンスを伺うことになるだろう。ノンシンガが距離を取るのか、詰めてくるかによっても展開は大きく変わる。どちらが先にペースをつかむのか。実力者同士の対決であり、頭脳的な駆け引きも勝敗の行方を左右する重要なポイントになる。

 大事な世界戦を間近に控えた今月1日、矢吹のもとにうれしいニュースが届いた。長女の夢月(ゆずき)さん(14)、長男の克羽(かつば)くんが東京都立川市で開かれた「第6回全日本ジュニアチャンピオンズリーグ全国大会」で優勝したのである。

 恵まれない幼少時代を過ごした矢吹にとって家族の存在は、常に支え合ってきた弟のWBCスーパーフェザー級シルバーチャンピオン・力石政法(大橋)とともに、何ものにも変えがたいパワーの源だ。

 試合前ながら東京まで応援に駆けつけた矢吹は「子どもたちからこれ以上ないバトンをもらった」と言葉に力を込めた。追い風を受ける矢吹の世界王座返り咲きはなるのか。ベルトを手にすれば、IBF3位など世界上位にランクされる政法との“兄弟同時世界チャンピオン”という大きな夢にも大きく前進する。

写真/ikkyu

【映像】矢吹、前日計量で「バキバキ」ボディ
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【映像】前日会見の模様
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