■小児がん患者を救う「CAR-T細胞」

 2023年12月、国内でがんの進行を止める方法は残されていなかった。高橋医師は白血病などのがん治療の研究を続けてきたが、10年ほど前から注目しているのがCAR-T(カーティー)細胞療法だ。

 まず、患者の血液から、がんやウイルスを抑制する力をもつ「T細胞」を取り出し、ある遺伝子を細胞に組み込むことでがんを認識する最強のレーダー「CAR」が取り付けられる。これを「CAR-T細胞」という。

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CAR-T細胞療法(イメージ)

 細胞を培養し、薬として患者に投与。CAR-T細胞が、がん細胞が持つ物質を目印にがんを消滅させる。組み込む遺伝子を変えることで神経芽腫などさまざまながんに応用が可能。白血病のための技術は臨床試験に入っているが、神経芽腫についてはまだ動物実験の段階だという。

「マウスモデルでも効果を示すことはわかっているが、今のところ、もっと効果が高いほうがいいなと。『人に投与しましょう』というにはパワーが弱い」(高橋医師)

 2023年4月、高橋医師が研究している、神経芽腫のCAR-T細胞療法でイタリアの病院が臨床試験の結果を発表した。「27人中9人(33%)の人が完全に腫瘍が消えた。そして27人中8人(30%)の人が部分的に50%以上小さくなった。2つ合わせて63%の人に治療効果が表れた」。

「これまで助けようがない患者さんが、3分の2の治療効果が得られて、3分の1の人が完全にがんが消えるというのは、驚くべき成果だと思う。世界中の医師、研究者がこの治療法に期待を持っていることも事実」

 ちひろちゃんの両親はインターネットでCAR-T細胞療法を知り、イタリアでの治療を希望した。6000万円を超える高額な費用を確保するために、クラウドファンディングを通じて支援を求めた。その結果、目標金額を大幅に超える8000万円以上が集まり、イタリアで治療を受けられることが決まった。

「いよいよ自分たちが望んだ治療に挑むことができて、嬉しい気持ちと、国内でもなく、臨床試験ということで不安もあって…。やってよかったと思える未来がくるようにベストを尽くしてきたい」(ちひろちゃんの母)

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バンビーノ・ジェス病院で治療を受けるちひろちゃん

 ヨーロッパを代表する小児病院バンビーノ・ジェス病院は、神経芽腫のCAR-T細胞療法の臨床試験で結果を発表した病院。ちひろちゃんは、事前にイタリアに渡ってT細胞を採取し、この日の治療に備えていた。がんが再発して7カ月、一度切りのCAR-T細胞の投与だ。

「日本じゃまだできないから、同じ病気の子でも、ちひろよりもっと辛い思いをしているから、早くちひろが病気を治して日本でもできるようにしたい」(ちひろちゃん)

 バンビーノ・ジェス病院の運営母体はバチカンのローマ教皇庁。病院の中に研究所があり、新薬の開発から臨床試験まで一括して行っている。

「この研究に関して、薬が広範囲の国や地域に適用されることに尽力しなければならない。日本やイタリアに限らず、どんな国であれ、病気を持ったこどもたちが治療を受けられないのは患者のせいではないし、そうであってはいけない。どの国でも子どもたちが同じ治療を受けられるようになるべきだ」(バンビーノ・ジェス病院 フランコ・ロカテリ医師)

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神経芽腫を発症した6歳の女の子

 海外で開発された治療法を希望する患者すべてが受けられるわけではない。ちひろちゃんと同じ神経芽腫を発症した6歳の女の子。3歳から治療をしているが、がんは頭の骨や足などに転移しているという。

 CAR-T細胞療法を知ったとき、すでにがんが多くの場所に転移し治療を受けても効果が得られない状態になっていた。

「同じ病気なのに、なぜ娘は行けないのだろうと思った。『行きたい』という思いはもちろんあった。全国には再発して苦しんでいる方がいると思うので、助けられる方法があるなら日本でもぜひ進めてもらいたい」(女の子の母)

■がんで子どもを亡くした母たちの思い
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