2024年春、国近さんはこれまで勤めた会社を辞め、別の清掃会社で働き始めた。就労から5年、国近さんは自身の心境の変化について「生きていてもいいんだとか、そんな感じですかね。社会の一員として、底辺でもいいから引っかかっておきたいな」と語った。

 2024年7月、宇部市では花火大会が行われていた。「午前中は昨日の仕事の続きでまた汗びっしょり。そのご褒美って感じで今夜宇部の花火大会で大きな花が咲いているのを部屋の窓から見ることができた。また来年もその先もこんな感じで見続けられたらいいと思う」( 同 2024年7月27日)

 2024年8月、国近さんに新たな変化があったという。「7月21日、お寺さんが来た。お父ちゃんの法要、お母ちゃんのも一緒に合わせて。年にいっぺん来られるんですよ。その時にね、僕は身元(引受人)がいないからと言ったら、うちがなってもいいですよと言ってくれました。そういうことになりそうなときはお寺さんに頼みますわ」(国近さん)

(山口朝日放送制作 テレメンタリー『独白 ~引きこもり40年、それから...~』より)

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