警察の検証によると、一番後方にいた琴陽さんの姉を跳ねた車は、そのままコンクリートの壁に乗り上げ、その勢いで、3番目を走っていた琴陽さんと2番目を走っていた友達に衝突したという。事故直後、現場に居合わせた鈴木六男さん(89)に話を聞くことができた。
「あんないい子にさぁ一瞬のうちに」そう語る鈴木さんは琴陽が赤ちゃんの頃から知っていた。2日に1度は道路を掃除する鈴木さんは、元気に通学する琴陽さんの可愛い姿が忘れられないそうだ。「いい子だったよ、毎朝『おはよう』って言って。『おう気をつけて行けよ』って言ってね。お姉ちゃんと。あの日4人でここ(の坂を)下ったの。あそこ(曲がり角)から出てすぐだもんね……」。
事故直後の男性の様子を、鈴木さんは今も鮮明に覚えていた。「ボーっとしてた、平然としてたもんね。わしは悪くないような顔してたもん」。スタッフが「救助活動はしたと聞いたが?」と問うと、鈴木さんは「しないよ!何言ってんだい!しないよ!!本人なにもボサーとしてた」と証言した。
警察によると、事故を起こした男性は「事故当時の記憶がない」「事故の1カ月ほど前にも同じような症状があった」と話しているという。この供述に琴陽さんの父親は、「なぜ同居している家族が免許の返納をさせなかったのか?なぜその時に運転を思いとどまらなかったのか? そこが理解できない」と憤る。
事故を起こした男性は2024年に免許の更新をしているが、その供述が事実なら、なぜ過失と言えるのか、危険を認識していたのではないか、というのが遺族の訴えの理由だ。
被害者側の代理人弁護士がポイントを説明
