1月20日、全日本スキー連盟は2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪のスキージャンプ男子代表に小林陵侑を選出した。これに先立つ19日、ABEMAでドキュメンタリー番組『チャンピオン:小林陵侑』が独占配信を開始。番組では、世界的な天才ジャンパーが抱えていた知られざる苦悩と、再び世界の頂点に立った劇的な大ジャンプの舞台裏が明かされた。
五輪金メダル、W杯総合優勝と輝かしい経歴を持つ小林陵侑。しかし、2024-25シーズンの滑り出しは決して順風満帆ではなかった。アイスランドで世界記録となる291mのジャンプを成功させたことで、「そのシーズンの注目度もありましたし、プレッシャーもありました」と小林は振り返る。
開幕前には「ちょっとシーズンの前に体調崩しちゃって、どうにか予選通って試合に出られた感じでしたね。動くのも精一杯」という最悪のコンディション。感覚の修正も鈍り、流れをつかめないままシーズンに突入した。特に、前回覇者として臨んだ年末年始の「ジャンプ週間(フォー・ヒルズトーナメント)」での敗北は象徴的だった。総合優勝の望みが断たれ、ランキングも後退。トロフィー返還式では「『(今回も)出たの?』って感じでしたね」と自嘲気味に語るほど、メンタルと技術のバランスを崩していた。
転機となったのは、W杯札幌大会直前の調整だった。次の大会をスキップし、札幌でトレーニングを重ねることで自信を取り戻していった小林。そして迎えた2025年2月のW杯札幌大会。同じくミラノ五輪の日本代表でチームメイトの中村直幹は、小林がつぶやいたある言葉を鮮明に覚えていた。「陵侑がボそっと『こういう年ってさ、札幌で勝つんだよね』って言ってたんですよね。半分ふざけて半分本気で言ってたんですよ」
当時、ステファン・クラフトらオーストリア勢が圧倒的な強さを見せており、中村自身も「まだちょっと(優勝は)遠いんじゃないかなっていう風には勝手に思ってました」と感じていたという。
追い風を切り裂いた“完璧なジャンプ”
