■「英語どうこうより、教育が何かっていう話」

森脇透青氏
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 哲学研究者で批評家の森脇透青氏は、「英語がどうこうより、教育が何かという話だ」と考える。「どんな教育でも、ある程度『これを学びなさい』という暴力性があるが、本人が最終的にどうなるかはわからない。僕は『本人がやりたければ、その時に学ぶんじゃないか』派だ」。

 また、公教育における英語については、「『日本という国が、子どもに対してどうなってほしいか』のビジョンがないと、議論しても意味がない。今では自動翻訳で“使える英語”は手に入るため、今後はむしろ『日常では使わないが、文化的理解のために必要な教材』を身につけた方がいい。使えない英語の方が、使えるようになっていく」と指摘した。

 秋山氏は、AI時代においても「頭と頭で通じさせるのではなく、心と心で通じさせる必要性」があると説く。「ビジネスや生活、友人関係には絶対にあるはずだ。たとえそれが人口の5%でも、したくもない語学教育を受けて、自分で英語をしゃべれるようになる力を身につけることは絶対になくならない」。

 一方、NewsPicksNY支局長、ジャーナリストの森川潤氏は「どんどんAIが進んでいくと思うが、カルチャーの部分だったり、自分がどういう人間であるかを象徴する1つの要素として、やっぱり日本語が重要だと今1番感じている」との見方を示した。

(『ABEMA Prime』より)

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