この行方不明には、謎が多く残されている。2022年11月13日午後2時半ごろ、恭暉さんは「塾に行く」と言って家を出た。しかし6時に帰るとのLINEを最後に既読にもならず、姿がわからなくなった。母親は「恭暉の大好物の唐揚げを作って待っていた」と話す。
恭暉さんは塾には行かず、JR倉敷駅にいた。母親は「カバンも持っていない。財布、ケータイ、『ワンピース』の本と文庫本を持っていった」と説明する。その後、恭暉さんはJR倉敷駅から在来線で三原駅に到着したが、母親によれば、三原は土地勘がない場所だという。
恭暉さんが最後に防犯カメラに映っていたのが三原港。そして行方不明になった翌日、三原港から船でおよそ30分、広島県の生口島の橋の上で、恭暉さんのスマホと漫画が発見された。
地元警察からは「橋の欄干に恭暉さんの足跡と思われるものがある」とも伝えられた。しかし、元徳島県警捜査1課警部の秋山博康氏は、「(欄干に手と足をかけて)普通はこう行って、絶対両方(足を)つけないといけない」と推理する。また、恭暉さんが履いていたのはサンダルだったが、靴底を確認して「ひし形のブロック。現場にあったのは横線。そもそも裏底が違う」と指摘した。
母親は「海上保安庁も出てくださって、船が3艘、飛行艇が1機、3日間かけて探してくださったが出てこなかったため、海に身を投げた可能性はないと(説明された)」。秋山氏は「やっぱり事件のにおいがする」と語った。
いったいなぜ、遠く離れた瀬戸内の島に渡ったのか。なぜスマホが橋の上に残されたのか。果たしてどこに向かったのか。その謎を解くカギが、スマホだった。
何か手がかりが欲しいと暗証番号をリセット
