■旧公明の力は借りれたが…旧立憲はなぜ惨敗?

衆議院選挙 各党議席獲得数
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 政策立案能力に定評のある中谷一馬氏(神奈川7区)は、「1月17日の結党から、公明党の人々には、熱心に助けてもらった。万策を尽くした結果の大敗であり、すべての責任は候補者の私にある」と話す。「情勢調査では直前まで0.4〜5ポイント差の“激戦区”だった。しかしふたを開けると、惜敗率60%で肌感覚と差があった」。

 得票を見ると、「前回から1万6000票減り、相手は4万5000票増えた。高市早苗総理の人気により、自民党は新たな支持層開拓に成功したのでは」と分析した。

 新党名案が報道された当時を振り返り、「若手・中堅からは、執行部に『違う名前がいい』と提言していた。新党の代表も、公明からは岡本三成氏、立憲からは吉田晴美氏のようなエースを出した方が、選挙戦を展開しやすいと提案した。ただ、私達の政治的影響力は大きくなく、改善されないまま進んだ結果、大敗した」と分析する。

 弁護士・税理士の資格を持つ藤原規眞氏(愛知10区)は、新党設立に向けた「プロセスがおかしい」と批判的な一方で、「党綱領に納得して、入党した後は感謝しかなかった。結果を出せなかったのは完全に私の責任だ」とした。

 慣れない党名には「思わず『りっ(けん)……』と言ってしまった。当事者ですらそうなのだから、有権者には大きな影響があっただろう」と戸惑いを見せた。「支援者は理解してくれたが、参議議員と自治体議員は立憲と公明に残ったままのため、どうしても『半身で帰る道を残している』と捉えられたのは痛かった」。

 選挙戦については「街で『戻る橋がある』『どうせ終わったら解体する』と言われ、その払拭から始まったのはハンデだった。やるなら完全にまとまるべきだった」と語る。また、「ベテラン落選で世代交代が実現した」との声には、「そうだが、代償は大きかった。私も無職になったが、授業料は正直大きい」と述べた。

 東京8区で落選した吉田晴美氏は、「街頭演説には多くの人々が集まり、公明党支持者には感謝と敬意を表したい。ただ今までの選挙とは違い、街頭や電話掛け、ボランティアの増え方から『票につながるのか』と不安を感じていた」と明かす。

 合流については「無所属を考えた人もいるだろう。『中道』で出る道も、『立憲』で出る道もあるといった選択肢があれば、また違ったのかもしれない。結集には丁寧な話し合いが必要だが、衆議院解散となれば議員は走るしかない」と語る。

 中道結成にあたっては、「女性の顔が見えない」「すっと入ってくる短い名前がいい」などと主張したという。広報戦略についても「同性婚や食料品の消費税ゼロ、家賃手当など、良い政策はいっぱいあった。若年層に届く政策を打ち出せれば、違ったかもしれない。ファーストインプレッションは重要だ」とした。

 元経済産業大臣で、旧民主党代表の海江田万里氏(東京1区)は「高市政権に強い危機感を抱いている。議員になる前に、私の番組に高市氏をよく招いたが、当時はアメリカ帰りでリベラルな発言もしていた」と回想しつつ、現在の高市氏を見て「1人の議員ならいいが、日本国の1億2600万人の指導者としてはいいのか」と苦言を呈した。

 そして、「彼女には『政治家一家ではなく、女性でガラスの天井を突き破った』という期待感が先行しているが、十数年先の日本はどうなるか。何か起きて初めて『あの時の選択は良かったのか』と思うのではないか」と予想した。

■「高市早苗は総理でいいか」ワンイシューに敗れた中道
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