◆匿名性に隠れた「攻撃ツール」としての変質
本来、情報の正確性を高めるためのツールであるはずのコミュニティノートが、なぜこれほどまでにストレスを生むのか。識者たちは、日本のSNS文化特有の歪みを指摘する。 近畿大学 情報学研究所 所長の夏野剛氏は、かつてのインターネットにあった自浄作用が失われ、攻撃性が増している現状を危惧する。
「(SNSの)匿名の文化は日本が異常に強い。コミュニティノートも、日本だと匿名文化の延長線上でやるので、ちょっと有名な人や名前が売れてる人、目立っている人に対しての攻撃的なツールに使われることが多い」。
また、コラムニスト・河崎環氏は、コミュニティノートが投稿者に与える心理的ダメージの大きさを「審判」という言葉で表現した。
「心理的に自分の投稿に対して、天の声というか審判が下るように見える。ユーザー側も、まるで訂正されたと思う人もいるし、投稿者本人も物言いをつけられたように思ってしまう」。
コミュニティノートは、リプライ(返信)とは異なり、投稿そのものに紐付いて表示される。 逃げ場のない「注釈」として機能するため、投稿者にとっては自分の意見を否定するものを無理やり立てられたような感覚すらあるという。
また日本ファクトチェックセンター編集長・古田大輔氏は、コミュニティノートについて、国際的なルールに基づくファクトチェックとは性質が異なるものだと指摘する。
「コミュニティノートをファクトチェックって呼ぶ人がいるが、コミュニティノートは多くのユーザーが協力して役に立つ背景情報をポストに追加するもの。そもそも正しいか間違っているかを判定するような機能にはなっていない」。
また、匿名性ゆえの弊害についても指摘する一方、日本における肯定的な側面にも触れた。
「誰でも書けてしまうし匿名なので、単なる言いがかりや迷惑行為も発生してしまう。ただ、コミュニティノートが全部マイナスなわけではなくて、中には非常に素晴らしい情報が投稿につくことによって、プラスアルファの情報を学べることも多い。世界的な研究でも、日本からのコミュニティノートがすごく多く、しかもそこには役に立つ情報が非常に多い。質の高いコミュニティノートが多い国でもあるとも言われている」。
(『ABEMA Prime』より)

