子どもを助けたはずが“悪者扱い”に…人間関係が希薄になる現代社会において「不審者」の線引きはどこ?

ABEMA Prime
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■子どもを危険から救った中年男性が“悪者”に

すずきさん
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 すずきさん(50代)は、親切心からの声かけで不審者扱いされた経験が、2度あるという。「病院の駐車場で、隣の車で子ども2人が留守番をしていた。子どもたちが泣き出し、降りてきたが、車通りが激しい場所だったので、とっさに子どもをあやした。しかし、帰ってきた母親からは『何してるんですか!』と悪者を見るような目で見られた」。

 もう1つのエピソードは、「自宅で深夜2時ごろに子どもの声が聞こえた。窓を開けたら、上着を着てない3歳ぐらいの子が、『ママ、ママ』と泣きながら歩いていた。まだ雪の残る2月か3月だったので、とっさに上着を着せ、付いて歩いていくと、15分くらい先に家があった。チャイムを鳴らすと、母親は『何やってるの!』と子どもを叱って、家の中に入れてドアを閉めた。僕の存在はまるで無視だった」と振り返る。

 これらの経験について「子どもが大事に至らなくて良かった」とした上で、「人間関係が浅いご時世だ。僕は、近所のおじいちゃん、おばあちゃんにゲンコツされて育った世代だが、今そんなことをすれば『暴力だ』と問題になる。『時代が違うから』と言えば、話は終わってしまうが、そうした部分も必要なのでは?と感じる」。

 ただ不審者に間違われる可能性も考えたとして、「自分の車に子どもを乗せるのは、まずいと思った。他の車から見ている人もいたため、『間違ったことはしていない』と状況をあえて見せていた。雪の日のケースも、自宅に入れると誘拐で訴えられる可能性があるため、子どもの言うとおりに動いてみた。すぐ警察に電話すべきだったが、携帯電話を置いたまま外に出たため、子どもに付いて行くしかない状態だった」と明かす。

 この話に、ギャルタレントのあおちゃんぺは「すずきさんはもったいない。例えば、第三者を巻き込むだけで、不審者と思われずに済んだのに」とする一方、「相手の気持ちもわかる。子どものことだからと、危機感も高いし、疑うところから入ったのだと思う」と想像する。「私もナンパなどで迷惑な声かけをされた経験がある。毎日のように未成年への加害のニュースがある。善意の可能性があっても、事件が多発していれば、疑いの目は持つかもしれない」。

 安部氏は「短期的に見れば注意喚起はすばらしいが、地域や支援の現場では『声かけ自体がリスクの高い行為だ』となっている。さらに『そのリスクを超えてまで声かけをする人はやばい』と曲解される恐れから、結果的に誰も声をかけなくなる。そうなると、声をかける人を助ける人もいなくなる」と警鐘を鳴らす。「子どもたちは『変な人だと思ったら通報しろ』と教えられている。教育が通報前提になっているのなら、受け入れるしかない」。

 若新氏は「大学で教えていた頃は、授業の最初に『コミュニケーションは誤解の連続だ』と話していた。そもそも『正しく伝わったら奇跡』で、初対面同士が通りすがりだと難しい。犯罪を放置するつもりはないが、誤解が生じる前提で、どう解くかを考えないといけない」と指摘する。

 EXIT兼近大樹は「すずきさんのケースでは、途中から出てくる母親ともコミュニケーションをとった方がいいと思った。自分だったら『子どもが車外に出て危ない』『なんで子どもを薄着で外に出したのか』と母親にいうと思う。そうすることで不審者ではなくなり、声かけにもつながる。ただ、多くの人はここまですると”変な人だ”と思われるかもしれないと考えるのだろう」と持論を述べる。

 中央区の注意喚起については「『ウインクをしただけで通報されたら、たまったもんじゃない』という、おじさん側の視点がある。おじさんたちは、電車の痴漢に多いという話から、『女性が騒ぐから乗りづらい』と言ってしまうが、そうではなくて、痴漢する人にみんなが声をかければいい。自分たちはやっていない側なのだから自由に言えるはずだ。女性側も男性側も何の不利益も受けていないはずで、これはコミュニケーション不足だと思う」との考えを示した。
(『ABEMA Prime』より)
 

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