■「定量化できない」アイデンティティのぶつかり合い
「今、結婚制度が取り沙汰されている中、本を書いたことでゲストとして呼んでいただくことが多いのはありがたい。ただ、私は本の中でも、どっちの家系を残すか、墓をどうするかなど家制度のことにはあまり触れるつもりは無い。それは、名字はアイデンティティーの問題の一環であることに後で気づいたからその事を書いている」
「最近『2年放置しておける程度のアイデンティティーって?』というアンチ意見があった。その時につい『わかる!』と思った。本来アイデンティティーは定量化できるものではなく、どっちの方が多い少ないではない。でも発言者にはその(アイデンティティーに多寡があるという)感覚があるのだろうし、私にもあった。アイデンティティーはみんなに元々あって絶対に消えないもの。ただ、ほとんどの人は貴族ではないから、名字なんてそんなに気にしない。私も結婚前の名字が変わっているとはいえ、特に由緒正しいわけではない。だから普段から自分のアイデンティティーが相手のアイデンティティーに勝るなんて思いもしなかった。二度の経験から結婚というのはアイデンティティーのぶつかり合いなのだなと強く実感した」として、本来は誰にとっても貴重なアイデンティティーを、結婚でどちらか一方が譲らなければいけない局面が法律により必須となっている現状についての違和感を語った。
(『わたしとニュース』より)
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