■毒親に育てられた子どもたちの今
50歳のさやかさんは、幼少期に母から厳しい言葉を浴びせられて育った。「母は私が小さいころからとにかく毎日機嫌が悪くて、褒められたこともなかったし、いわゆる『毒親』だった。母に言われた傷ついた言葉が『お母さん、子どもが嫌いで、産んだら好きになれるかと思ったけど、産んでも好きになれなかった』と」。
風邪を引いた際、隣で寝ていた母から「うるさい」と叱られたことから「自分で口に掛け布団を詰め込むようにして咳を我慢した。自分で思い出してもかわいそうだった」と振り返る。
父の看取りをきっかけに、母と過ごす時間が増えた。その際「今の今までお母さんに嫌われていると思って生きてきたと言った」ところ、母は「本当に申し訳ないことをした」と泣いて謝罪してきたという。
そんな母との過去を塗り替え、許せる材料を見つけようと2人で旅行に出掛けた。旅先で無邪気に楽しむ母の姿を目の当たりにし、さやかさんの心には別の感情が芽生えた。「私のことを否定し続けて生きてきた母が、今こんなに楽しそうにしていると思うと、かわいそうな言い方ですが、気持ち悪いと思ってしまった」と、許したいという願いとは裏腹の、生理的な拒絶反応ともいえる違和感を吐露した。
ブルちゃんさん(36)は、幼少期から暴力を受けてきた。父親からは、幼稚園児の頃に足し算ができないという理由で「湯船に頭を沈められた」ことがあり、電気の消し忘れで2~3時間も正座を強いられた。母親からは逆らうと無視され、「あんたは打たれ弱いから子どもは産めない」と言われ続けた。
その結果、自身の成長にも影響があったとし「判断基準が他人軸になっている。誰からどう思われるかという基準で、自分の行動を選んでいたり、自分が何を考えているかわからないことがすごく多い」と振り返る。後に実家を出て、小学校の教員として多くの保護者と関わると「いろいろな保護者の方の考え方に出会ったことで、『あれ?うちの親って…』と気づくようになった」と、両親が毒親であったと考えるようになった。
そんな彼女が親を許せるようになったのは、結婚して「心の安全基地」ができたことや、自分の心を見つめ直したことがきっかけだった。「育ちは変えられないけれど、生き方は変えられることに親元を出て気づけた」と語り、「私自身、主体的に許そうと思ってきたわけではなく、結果的に許したというのが近い。すごく心が穏やかに過ごせるようになった」と語った。
■親のことを「許さなくてもいい」と精神科医
