今から47年前の1979年10月、鹿児島県大崎町の牛小屋のたい肥置き場で男性の遺体が発見された。その後の捜査で、男性に生命保険がかけられていたことが判明。警察は「身内による保険金目的の殺人」として、男性の兄弟2人と甥の3人を逮捕した。
鴨志田弁護士は「ところが男性3人の共犯者とされた人たちが『アヤ子の指示で自分たちもやったんだ』という自白をしてしまったがために、アヤ子さんが主犯格とされて有罪になった」と、判決を決定づけたのは、共犯とされた3人の男性たちの証言だったと説明。
「この3人というのは、全員が知的障害を持っている人たち。今だったら供述弱者という言葉が最近はよく使われるようになったが、こういう(特性を持っている)人たちを3人も自白をさせて、健常者で否認し続けているアヤ子さんまで有罪にした」と指摘した。
1981年にアヤ子さんには有罪判決として懲役10年の刑が確定し、1990年に刑期が満了して出所。しかしアヤ子さんは「それでも私はやっていない」と、1回目の再審を請求したのは出所してから5年後の1995年。それから7年後の2002年に鹿児島地裁が再審開始を決定したものの、検察が抗告。2004年に高裁で取り消された。それ以降2010年、2015年、2020年と再審請求を出し続け、2026年には第5次請求を申請中で、裁判のやり直しを求めている。
「死ぬのを待っているのではないか」
