■右翼、左翼の時代は終わり?求める「変化の速さ」で分断
平石氏 現在は執筆活動だけではなく、道場で合気道を教え、学校法人では理事長も務められ、また政治活動もされています。政治活動の手応えはいかがですか。
内田氏 政治団体にもよく呼ばれて。非常に政治的な発言もあちこちでしております。「革新懇」という共産党系の市民団体がありますが、そこの代表世話人にもなっていて、集まりがあると講演したり、シンポジウムに出たりしていますね。左翼の方々は、とにかく高齢化がすごい。本当に70歳過ぎという感じで、若い人が全然来ない。これが悩みの種で、左翼の運動はいまいち元気がないですね。
日本はどうなっているかというと、日本の自民党政権は今、ほぼ極右というか反動というところまで振れてしまって1970年代、1980年代の自民党とは似ても似つかない政党になりました。この間に左翼もだいぶ穏やかになってしまったので、すごくポコンと真ん中が空いています。中道改革連合もいますが、名前だけになってしまっていますね。ここがぽっかり空いてしまっていますが、保守本流は中道でなければいけないです。
中道だからこそ右とも繋がれるし、左とも話がつく。そういう国民政党が昔は自民党だったけれど、自民党が右に行ってしまったから、それに代わる国政政党がないんです。今の自民党は極右の過激派。憲法を変え、皇室典範を変え、武器輸出もしようとしている。これまで日本がやってきたことを全部変えようとしているのだから、これを保守というのは間違いで、過激派です。
だいたい、多数派というのは過激です。多数派が穏当で、少数派が過激という人がいますが、そんなことはないです。穏健派が少数派というのもよくあることです。今の日本がまさにそう。穏健派が少数派で過激派が圧倒的多数派。ものすごく歪んでいる状態です。中道改革連合が、中道に柱を立てるという発想自体は間違ってはいないけれど、中道という割に器が小さい。真ん中に立つ以上は、小異を捨てて大同につくぐらい、みんなまとめて面倒を見ないといけないです。
平石氏 なぜマジョリティが過激派となり、逆に言えば左翼は衰退してしまったのでしょうか。
内田氏 社民党がいい例です。社会党はかつて国会に200近い議席を持っていました。ずっと長いこと、自民党と社会党と2大政党時代があり(連立政権で首相に務めた)村山富一さんの時に、自民党に寄って現実的になり、穏健にもなりました。そこからどんどん統制が取れなくなり、今や社民党は衆議院議員が1人か2人というところまで落ちてしまいました。当時から言っていることは同じでも、気がつくと穏健なことを言っているとどんどん少数派になり、過激なことを言う人が多数派を占めている。過激な人たちのキーワードは、やっぱり変化なんですよ。
教育環境でも家庭環境でも、どんどん自分が変化し、複雑化して、連続的に変容していく環境だったら、政治的に過激派になることはたぶんないと思います。自分の変化に夢中になるからです。だけど今、すごく抑圧され、ガチガチに管理され、それでも変化を求める気持ちがある中で、自分では身動きが取れないからと、政治的に過激な主張をしているところに行ってしまうんだと思います。「なんとかしてくれませんか。このスキーム全体を壊してください」と。現に息苦しいから、とにかく壊してほしいわけです。
だけど、共産党とか社民党とかれいわ新選組を見ても、急に壊してくれそうな人がいないし、穏やかな主張をしている。逆に高市さんなんか、日本のレジームを根本からひっくり返しそうな感じですよね。ひっくり返るついでに自分も自由になれるのではという気持ちですかね。
一人ひとりが自由に生きて変化できるなら、劇的な体制変化はそんなに求めない気がします。自分自身の閉塞感をすごく感じていて、自分の個人的な努力ではこの閉塞感から脱却できないと思っているので、集団的な動きで一番強く大きな変化、世の中を激動させてくれそうな人に全BETしたんだと思います。アメリカの有権者が、トランプ氏に全BETとして、結果的にアメリカは崩壊の過程にあるわけですが、日本の人たちが高市さんに全BETとしたのと本当によく似てると思います。今は、右や左ではなく「穏やかな変化を望んでる人たち」と、「過激な変化を望んでいる人たち」に分かれている気がしますね。
平石氏 真ん中(中道)が一番空洞化して、過激になり衰退もし、という時だからこそ内田さんの活動は、コモンの再生を軸に進めているということでしょうか。
内田氏 その通りです。この春、神戸女学院の理事長になりましたが、そこも1つの共同体です。ここを統合の中心として、もう一回立て直していくというか、居心地のいい、ほっこりして穏やかな教育空間を作りたいですね。今本当に、激しい競争社会なんですよね。「生き残り」という言葉が嫌いですし、「激しい競争にさらされてる」と言い方も好きではない。競争で勝ち残りたいではないんですよ。世間の荒波とは関係なしに、ここには本当に穏やかな、心静まる教育共同体があることを訴えたいです。
■「議論はあまり好きではない」分断を超えた対話 その可能性は
