■「議論はあまり好きではない」分断を超えた対話 その可能性は
平石氏 最後に各所で分かり合えない、話し合えないという分断が起きてもいます。その中で、議論することでお互いを知るということもあると思いますが、内田さんは議論することについてどう思いますか。
内田氏 議論はあまり好きではないんです(苦笑)。僕は若い頃、議論がうまかったんですよ。人の話の論理の矛盾や話の飛躍について「ちょっとそれ違うんじゃないですか」みたいに、揚げ足を取ることが大好きな性格の悪い青年でしたが、それと手を切って修行者になりました。だからとにかく、議論の勝ち負けはやらないし、何か言われたら「そうですね」とにっこり笑ってすっと帰っちゃいます。おしゃべりはしますが、どちらの方が正しいかを検証するということはしないです。
結局、本当は一方が正しくて、もう一方が間違っていたとしても、言葉のうまい人が間違っていた側でも論破できてしまうんです。これは本当によくないです。そんな論証技術なんて、いくらうまくなっても、その人にとっていいことないんです。論争がうまい人は、成功体験がどんどん内面化していって、勝ちパターンをずっとなぞってしまう。だから成長止まってしまうんです。
論争がうまい人って、切れ味のいい刀を持っていたり、性能がいいビーグルに乗っているのと同じで、つい楽しくなっちゃうんでしょうね。「言っておくけど、俺のクルマ、速いよ。ブーン!」みたいな(笑)。みんなが「負けました」というのを見て笑っているだけです。地頭のいい人は世の中にいて、そういう人たちはなんでも勝っちゃうのですが、「それはもうわかりました。おっしゃる通り、地頭はいいですね」という感じです(笑)。それによって、問題がすごくわかりやすくなるとか、論じているものがすごくクリアカットになることはないです。
(ABEMA『ふたりぼっちのアベプラ』より)
