■「奪って配る」ではない?共産主義とは一線を画す「コモン」とは
平石直之氏(以下、平石氏) 著書の中ではコモン(共同体)ということを書かれています。コモンと聞くと、コミュニティ、あるいはコミューンという言葉もイメージされますが、それはかつてのソ連や中国による共産主義とは違うとおっしゃっています。内田さんが求めているコモンとは何でしょうか。
内田樹氏(以下、内田氏) ソ連や中華人民共和国の共産主義は、平等を達成するために一部の特権階級が独占していた富をみんなに平等に分かち合うという発想自体はいいんですが、その時に「お前らが持っているものを出せ」と、非常に暴力的な形で権力や財貨の移動がありました。持っている人間から権力、財貨を取り上げるには、そちら側にも力が必要です。「奪って配る」という平等化を達成するために、権力がどんどん巨大化していることに、本当に大きな矛盾があります。平等のために巨大な国家権力ができて、肥大化し、ここに属している人がどんどん豊かになり権力を持つ。これは強権的に平等を達成しようとすると場合、必ず落ちるアポリア、落とし穴なんです。
僕はそれをしたくないので「お前、たくさん持っているから出せよ」ではなく、「俺、ちょっと余裕あるから出すわ」にしたいんですよね。自分の持っているわずかな財貨を全部吐き出して、自分で身銭を切ってコモンを立ち上げる。日本中の小金持ちがみんなやってくれたら、随分豊かになると思うんですよね。公私混同って、普通は公金を私腹に入れるようなことだけれども、それとは逆に私有財産を公共財へ流していくという動きが、とても大事だと思います。
■「貧乏」と「貧乏臭い」は違う
