「ママ血が出てたよって…」当時4歳長男が号泣しながらSOS 未解決25年、若松主婦殺害事件の遺族の想い「手ぶらではそっちにいかん」

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「ママを呼んでも起きない」長男4歳が号泣しながらSOS

母・永野弘子さん(82)
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 私たちが被害者の母親、弘子さんと会ったのは、2026年4月。「娘のことを思い出すだけで、辛くて仕方ないけれど、娘のためなら話します」。そんな思いで取材を受けてくれた。「コーヒーとお水とお茶(をお供えして)。コーヒー大好き、紅茶大好き」と偲ぶ。

 殺害されたのは長女・関岡晴美さん(当時34歳)。可愛い盛りの2人の子どもを育てる幸せ絶頂な時だった。

「25年のあの日のままです。6月29日、その前日に雨がよく降っていましたから、娘とした会話がそのまま耳に残っています。痛かったに違いないですよね。それを思ったら、かわいそう過ぎますよ。どんな気持ちでね、亡くなったのかなと思って……代わってあげられないんですね」(母・弘子さん)

 事件は2001年6月29日、北九州市若松区の閑静な住宅地で起きた。犯行時間は死亡推定時刻などから、夫や子どもを送り出した午前8時ごろから正午までの午前中とみられている。事件当時、自宅には晴美さん1人だった。

 午後3時前。いつもは出迎えるはずの母親の姿がなかった。幼稚園の職員2人が付き添っていた。すると当時4歳だった長男が、家から号泣しながら飛び出してきた。「ママを呼んでも起きない」。幼い長男が、自宅の居間で血まみれになって倒れている母親を発見したのだ。

 宮本副署長が当時の状況を説明する。「すぐに幼稚園の先生が、すぐ近くで待っていた幼稚園バスの運転手さんに110番通報を依頼して、運転手さんが110番した。この時間が午後2時52分」。

 弘子さんは「『あのね』って当時よく言っていましたね。『ママね、おばあちゃん、血が出てたよ』『血じゃないんじゃないの?お水じゃないの?』って言ったら、『ううん、血だったよ。かわいそうだったよ。おばあちゃん。僕がね、ママ、ママと言っても起きなかったの』って言っていましたね。『でもよかった、あなたでね。ママを見つけてくれたのがあなたでよかった。お姉ちゃんは、いくら年上と言っても女の子だから。やっぱりママは“あなたに見つけて欲しい”と願ったに違いない。ありがとう』って私は言いました」と振り返る。

 晴美さんは、刃物で複数刺されており、死因は失血死だった。何者かが自宅を訪れ、晴美さんを殺害したとみられている。刃物は犯人が持ち込んだものとみられており、当時の捜査関係者への取材では、晴美さんの遺体に犯人のものとみられる、噛みつかれた歯形があるなど、激しくもみ合った形跡があった。

「例えば、包丁で手の先を切っても痛いじゃないですか。それを何カ所も刃物で刺されて…。『お母さん……』って亡くなったのかなとか、いろいろ考えます。きっとこの子は、子煩悩な母親だったから、2人の子どもの名前を呼んで亡くなったに違いないなって思います」(弘子さん)

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