「音が殺意に」新聞の音で75歳男が乗客切り付け…音量は無関係「敵のルール違反判定」が引き金に “アージ理論”を専門家が解説

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 では、なぜ「音」は事件になり「臭い」ではならないのか。「悪臭はどちらかというと、もう離れたい。怒りというよりは回避や忌避。臭いに対して怒ることってない、そこは面白いところだと思う」。

 さらに、川井教授は音問題の解決方法としてドイツの例に言及する。「ドイツが真っ先に『子どもの声は騒音ではない』という法律を作った。話し合って解決策を作る。それがルールになって、敵ではなく、ルールを共有する“仲間”であるという扱いになる。みんなで話し合って『携帯いいじゃないか』『車両の偶数号車は携帯OK』と言えばみんなハッピーだと思う」。何を「騒音」とするかは社会が決め、修正していける。

 その視点でもう一度、バスのトラブルを見てみる。改めて問う。なぜ「新聞」だったのか。川井教授は「今、車内でほぼずっとスマホで。イヤホンを使わないで何か見ている人がいると、やっぱり何となくイラっとする雰囲気がある。新聞の音が不快というより、車内に残った音の一つが新聞だった。それを『マナーが悪い』と我慢できなかったのではないか」と推察した。

 かつて新聞には四つ折りで音を立てない「読み方」があった。それを知る世代の前で大きく広げる音は「ルール破り」として目立ってしまったのだろうか。

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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