レシピや説明書も…「なんでも動画化」はストレス?助かる?「『文章の方が早い』は読める側の理屈」「“文字を読める=知的”とは限らない」話題の本の著者が指摘

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■「文字を早く読める=知的」ではない

 また、稲田氏は「賢さにはさまざまな種類がある」として次のように語る。

「100年、200年の間は文字をしっかり読める人が一番知的で素晴らしいとされていたが、他の知性だってある。テキストをいっぱい早く読める人が一番知的で偉いということではない。能力の優劣というより、『得意なメディアが何か』だけの問題。『本を読めなくなった人たち』を書いた時には、『読める子』にも『読めない子』にも聞いたが、『全く本を読んでいないですよ』という子がすごく知的な会話ができたり、その逆もある。だから必ずしも『本を読んでいる=知的である』とは限らない」

 自身も執筆活動やポッドキャストなどで発信を行う月岡氏も、これに同調する。

「私も本を書いているので、文章は好きだし読める方だとは思うが、やはり本だけだとポンと渡されても読む気にならない人が多い。そのため、自分がどういう人となりなのかを知ってもらうためにポッドキャストをやっているという側面もある。本が読めるから偉いとか、本を読まないのはちょっと…というのも乱暴な話ではあると思う」(月岡氏、以下同)

 一方で、情報を届ける側としてテキストと動画の使い分けについて次のように語る。

「本は時間をかけて届いていくもの。例えば自分が出した本が10年後に読まれて、その時に届くということもあると思うので、ストックのメディアとして大事にしたいところはある。それを知ってもらうというプロモーションや広報的な部分で動画などを使うのはありなのかなと思う」

「最近、同業者のコラムやエッセイを書いている人同士で、自分の本を宣伝するためにTikTokをやった方がいいのかなという話になることがままある。『知ってほしいなら、理解してほしいなら動画にしろ』『そういう努力をしていますか、お前たちは』という圧をちょっと感じる。でもそういうのが苦手だから文章を書いているのに、結局動画やらされるんかい、という本末転倒感もある」

一見「動画の意味ある?」でも…「安心感」の役割
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