「昭和が終わったね」伊勢神宮近くの商店街で大規模火災…かつての“子供たちのパラダイス”を襲った悲劇、被災店主が胸中明かす「まだ夢の中にいるみたいな感じでぼーっとしちゃう」

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 明倫商店街の歴史は、昭和22年(1947年)戦後の市民市場から始まった。戦後、この地でおよそ60日間「平和博覧会」が開催され、その建設の過程で出た廃材を一部利用し、商店街が作られたと言われる。人が行き交う活気溢れる商店街だった。

 当時の賑わいについて、橋本さんは「すごかったですよ。すれ違うのも大変だった時期もありますし。商店街に育ててもらいましたっていう感じだった。お菓子屋さんも大きいのがあって、子供たちのパラダイスでもあった。遠足の前の日は子供たちがすごかった」と語る。

 火災の2日前に撮影された写真には、無料でコーヒーを振る舞うイベントも開催されていた。「音楽会をやったりとか。いろいろ自分たちで楽しいことをやって。ちょっとした憩いの場っていうのかな、楽しい場でもあって…すごく残念」(橋本さん、以下同)

 幼き日々のパラダイスが炎に包まれる光景を目の当たりにしたのだ。「まだ夢の中にいるみたいな感じで、ぼーっとしちゃう。商店街の皆さんの顔が浮かんでくるっていうか。ある方はもう『昭和が終わったね』って言っていた」。

 この町は、沢村賞で知られる伝説のプロ野球選手、沢村栄治氏の出身地。商店街には、偉業を讃える記念碑と特設コーナーがあった。今回、記念碑は火災から免れたが、焼け跡には沢村氏を顕彰する誌面が濡れた地面に落ちていた。

(『ABEMA的ニュースショー』より)

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