裁判で連敗、予算も減り…
しかし、「2012年に安倍政権になり、当時の仲井真弘多知事が『やはり辺野古だ』となった。その時に県民は『バカにするなと。政権交代があったとしても、県外に行くとぬか喜びさせて元に戻すのか』となり、オール沖縄が一気に盛り上がった」のだという。
そして、「保守派でさえ『そんなことは許されないだろう。なんでそんなに振り回されるのか』と、翁長氏のリーダーシップもあり、勢力が増した。しかし2018年に翁長氏が死去し、玉城氏がその後の知事選で勝つが、そこから辺野古埋め立てを取り消す裁判でどんどん負けていった。いくら『反対』と言っても、辺野古の建設は続く。そんな中で経済界が離れ、選挙で負けて、各地の首長が自民党側にひっくり返っていく」と衰退の一途をたどる。
加えて、「沖縄に対する振興予算も減っていった。野党の県政が続くと、自民党政権は沖縄に予算をさほど付けなくなる。そうした状況下で経済が苦しくなり、財界にも市民にも『経済が大事』との声が高まり、今回まさに経済が争点になった」と説明する。
政策以外の部分でも「世代交代して、戦争を知る世代が少なくなっていく。また、SNSの発展の中で、イデオロギーの対立、リベラルが退潮している。国政でも中道改革連合が分裂し、いわゆる“左の勢力”が小さくなっている流れに、沖縄も飲み込まれた部分がある」と分析した。
高市総理が“沖縄入り”しなかった理由
