■多頭飼育崩壊からの全頭救出
そんな中、鈴木さんはある壁に直面していた。「どんなに犬がお利口さんになっても、引き受け皿がないと結局殺処分に回されてしまう、行政の掟みたいなものがあるから」。
「動物にやさしい県」を目指す秋田で起こった“多頭飼育崩壊”だ。部屋の隅で、まだ顔つきに緊張が残る犬。首輪がつけられる、人に触られることがこの犬にとって大きな意味を持っている。
2022年、秋田県北部の藤里町で多くの犬を劣悪な環境で飼育していた飼い主が逮捕される事件があった。捕獲された犬は218頭、全ての命を救うことはできなかった。近隣住民は「(自分たちが)ほとんど毎日糞尿の片付け。夜中でも朝方でも一日中鳴いているから、隣近所みんな困って」と振り返る。
県は、家宅捜索で見つかった56頭を保護したが、1年以上が経っても半数以上の犬に引き取り手が見つからないままだった。鈴木さんは「どうしても数が数だから。結局やりやすい子から。どうしても手かかってしまえば、やりづらい子は最後まで残るっていうのはあるだろうから」と語る。
県は、残された犬の殺処分を検討し始めた。そこに待ったをかけたのが、秋田市のドッグトレーナー・鈴木明子さん。人と暮らすための訓練は、犬たちが集中できるようにと、開始当初は非公開で行われた。
「最初みんな下を向いていてアイコンタクトとれなかったんだけど、今はゲージを覗くだけでみんな見てくれる」と話す鈴木さん。首輪をつけ、人とペースを合わせて歩く。触られることに慣れると、シャンプーやトリミングも受けられるようになった。
「秋田犬の噛みつきを直す方がよっぽど楽だと思った。本当に。良くても悪くてもリアクションあるじゃん。『嫌だ』とか『お前嫌いだ』とか意思表示があるじゃない。でも藤里の子たちはただただ目の前でおびえているだけだった。ただだまって向き合って座って、時間を過ごすだけ。そういう日々が1ヶ月くらい続いたかな」
2025年3月、訓練を始めて1年半。保護した全ての犬に家族が見つかった。
「この子(最後の1頭)は人馴れするまで結構時間がかかって。怖いがために常にくるくる回っていて、どこからアプローチしたらいいかわからない子だった。ところが抱っこすれば大丈夫。それで首輪も付けられた、リードも付けられたとなって。最近はトイレもちゃんと出来るんだよね」
新たな飼い主に思いを託す鈴木さん。最後の1頭が動物愛護センターを出発する日、鈴木さんは少し離れたところから見送った。「(大変なことが)いっぱいあったんだと思うけど…みんな生きて新しいおうちに行ってくれて良かったという思いの方が強すぎて、なんか苦労を忘れた」と涙ぐんだ。
信頼のリードを握りしめて
