男が惚れる男である。行方尚史八段(43)は、昭和の時代から継承されたような棋士の色気を漂わせている。
若手棋士がトップ棋士に挑む「若手VSトップ棋士 魂の七番勝負」で、誰よりも先に対局相手を指名する権利を持っていた藤井聡太四段は、7人のベテランの中で行方八段との勝負を望んだ。理由を明快に語っている。「対局姿を生で拝見したことはないんですけど、映像や写真で見て、非常にカッコイイ先生だなと思っていたので」。
今まで藤井四段がメディアに対して「カッコイイ」という表現を使った唯一の例であると思われる。これから大人になっていく少年として、15歳の中学3年生としての憧れを素直に表現した印象のある言葉だ。
そう。ひと言で言うなら行方八段はカッコイイ棋士なのである。少年の無邪気さと大人の険しさが同居したようなルックスもさることながら、生まれながらの左利きから繰り出す盤上で披露する一瞬のキレ味、敗勢を耐え忍びながら老練の勝負術で逆転するスタイルは、男の美学のようなものを感じずにはいられないだろう。
音楽や文学などへの造詣も深く、ミッシェル・ガン・エレファントの大ファンとしても知られる。20代の頃に過去に専門誌「将棋世界」などで発表してきた自戦記は、青春を生きる者の恍惚と不安が投影されており「読む将棋ファン」には必読の作品群である。
美意識の萌芽は小学校時代からあり、今回の七番勝負で共に名を連ねる三浦弘行九段の自宅を訪れ、テレビゲームの誘いを受けた時に「僕は信念でファミコンをやらない」という名フレーズで拒否した逸話も知られる。
一方で、美学を持った者にありがちな気難しさはなく、将棋を愛する人と一緒に酒を傾ける時間を何よりも愛する。年上の棋士たちからは、今も「なめちゃん」の愛称でかわいがられている。
藤井四段とは、詰将棋の美しさに魅了された者という縁もあって実現した対決だが、実は「デビュー直後の快進撃」という共通項もある。
1993年度に19歳で四段昇段した直後の第7期竜王戦での活躍は、今も語り草だ。郷田真隆、深浦康市、森内俊之、南芳一(いずれも現九段)、米長邦雄永世棋聖という将棋界を代表する棋士たちをなぎ倒し、挑戦者決定三番勝負に進出する快進撃を見せたのである。挑決では羽生善治名人(当時)に連敗を喫したが、竜王戦に限って言えば、決勝トーナメント2回戦で敗退した藤井四段よりも棋界最高位に肉薄したことになる。
2013年度の王位戦で初めてタイトル戦に登場。15年にはA級順位戦を制して名人初挑戦を果たし、現在もA級の地位を守っている。コンピュータ研究が全盛の時代に、あえて人間の、棋士の指す将棋とは何かということを追求する姿勢はファンの心を捉え続けている。
◆行方尚史(なめかた・ひさし)八段 1973年12月30日、青森県弘前市出身。大山康晴十五世名人門下。棋士番号は208。1986年に奨励会入り。1993年10月1日に四段昇格を果たしプロ入り。棋風は居飛車党。AbemaTV「若手VSトップ棋士 魂の七番勝負」では、第3局(10月14日放送)で藤井聡太四段と対戦する。
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