人気、実力、実績、人望。棋士が…というより人間が望むことの多くを兼ね揃えた棋士といえるだろう。森内俊之九段。47歳。十八世名人資格保持者である。後年になって、2017年は藤井聡太四段が歴代最多の29連勝を達成した年として語り継がれていくことになるだろうが、往年のファンの中には、森内が大きな決断を下した年として記憶していく人もいるだろう。
3月、順位戦A級からB級1組への初めての陥落が決まっていた森内は、フリークラスへの転出を自ら宣言した。フリークラスとは、順位戦への参加資格を持たない階級である。 たった3年前、竜王・名人の2大タイトルを制し、将棋大賞の最優秀棋士賞を受賞した大棋士が名人に復位する可能性を自ら断ったのだ。
決断は将棋界内外に衝撃を与えたが、同時に、大棋士が貫いた美学の在り方として鮮やかさな印象も与えた。「森内さんらしい」という声がたくさん聞かれた。直後の5月には日本将棋連盟の理事選に初出馬し、初当選。連盟ナンバー2である専務理事に就任し、奨励会同期入会の会長・佐藤康光九段を支える側に回った。
就任会見で「佐藤会長が誕生するまで理事選に出ようと考えたことはなかったですが、若い頃から切磋琢磨してきた佐藤さんが会長になられたということで、もし自分がお役に立てることがあればと思いまして、立候補を決意致しました」と語る光景は、森内という人物のことを象徴するシーンだった。
切磋琢磨してきたのは佐藤だけではない。羽生善治棋聖と小学校時代からライバル関係を続けてきたことも知られる。2007年度、羽生よりも先に5期目の名人位を獲得して十八世名人の資格を持つ際に「自分が先に取ってしまっていいのかと葛藤した」と後に語っている。羽生と名人戦で激突したのは、同一カードとして史上最多の9度。フリークラスへの転出は「森内と羽生による名人戦」が永遠に見られなくなったことも示していた。
カレーライス(特にカツカレー)フリークとして語られることが多く、今年は「カレーライス進化論」を著した水野仁輔さんとのトークショーに臨んだり、三菱電機製クッキングヒーターの特設サイトに登場したことが話題を集めたが、実は並外れた焼肉好きでもあり、専門誌で焼肉論を語ったこともある。
真顔のままジョークを繰り出すユーモアセンスも持ち合わせており、ファンからは常に畏敬と親しみの両方の視線を浴びている。
◆森内俊之(もりうち・としゆき)九段 1970年10月10日、神奈川県横浜市出身。勝浦修九段門下。棋士番号は183。1982年に奨励会入り。1987年5月13日に四段昇格を果たしプロ入り。永世称号の資格を持つ名人8期をはじめ、竜王2期、棋王・王将で1期とタイトルを計12期獲得。その他の棋戦でも13回の優勝を誇る。AbemaTV「若手VSトップ棋士 魂の七番勝負」では、第5局(10月28日放送)で八代弥六段と対戦する。
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