幕内優勝5回を誇る横綱・鶴竜(井筒)が、途中休場した今年1月の初場所で新たな経験をした。同じモンゴル出身の関脇・玉鷲(片男波)が、34歳にして涙の初優勝を果たす瞬間を目の当たりに「初めてファンの気持ちになりました。自分が相撲を取るより緊張した」という。同世代の元横綱・稀勢の里(現・荒磯親方)が引退し、自らも右足のかかとを痛めて途中休場。そんな中、同郷力士の大活躍に、これまで味わったことのない気持ちを知り、3月10日から始まる大阪場所への意欲を高めていた。
初場所は、いろいろな思いが交錯した。稀勢の里の引退に「寂しい気持ちというか、気持ちの張り合いができる人が1人減っちゃったというか。けががなければ、まだまだ相撲が取れたと思う」と引退を惜しみながら、自分も右足のかかとを痛めて途中休場。「直接治療できるけがではないので」と、33歳の横綱にとっては、これからの相撲人生は相手とけが、両方と戦うことは避けられない。
昨年の九州場所は22歳の貴景勝(千賀ノ浦)、名古屋場所は26歳の御嶽海(出羽海)が優勝した。若手の台頭を肌で感じる中で、自分より年上の玉鷲が優勝したことは、何よりも励みになり、また新たな気持ちを教えてくれた。「(玉鷲の優勝は)本当にうれしかったですよ。初めてファンの気持ちになりましたね。自分が休んでいたんで。ファンってこういう気持ちなんだなと。すぐに『おめでとう』ってメールして。その場で会いに行きたかったけど、休場していましたから」と、思い出すだけでも我が事のように笑顔で話した。単にうれしかっただけではない。初土俵から15年もの間、休まず戦い続ける玉鷲に勇気づけられた。「よし、おれも34歳の時に優勝しなきゃいけないって気持ちになりましたね」と、闘争心に火がついた。
玉鷲の奮闘ぶりを見て、改めて基本の大事さを横綱ながら思い知った。「先場所を見ていて(玉鷲が)コツコツ、相撲を磨いてきたのが全て出た。日頃から毎日する基本動作がすごく大事。けがで申し合いができなくても、基本をやっていればズレはない」と、地道な鍛錬こそが、長く相撲を取り続けられる源だという。また、体力こそピークを過ぎても、気持ちを若く保つことも重要だという。「もちろん最初はみんな、年上の先輩ばかりだけど、だんだん後輩ばかりになる。でも、若いやつには負けないぞ、というぐらいにいかないと。(先輩や同世代の)みんながいなくなって、おれもアレかなと思ったらダメかな。下から出てくる子に、まだまだお前には負けないぞという気持ちがないとね」。若手力士が活躍すれば、自然と周囲は「世代交代」と言い始める。それを跳ね返す初優勝を、自分より年上の玉鷲がやってのけたのだから、負けてはいられない。
5回の優勝のうち、2回は大阪場所。大関昇進、横綱昇進を決めたのも大阪場所だ。「大阪のファンの方たちは温かくも厳しくもあるんで、それが自分は好きです。また喜ばせたいという気持ちでいっぱいです」と活躍を誓った。一時は4場所連続休場で、進退についても囁かれていた中から2場所連続優勝も果たした鶴竜。けがと折り合いをつけ、低く鋭く当たる相撲が戻ってくれば、また賜杯を抱くことは十分ある。
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