古くは江川卓、平成以降では松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大、藤浪晋太郎など多くの投手が怪物、もしくは世代最強などと呼ばれ、高校球界を彩ってきた。そして彼らに共通しているのは甲子園に出場し、そこでスターとなったということである。しかし今年、そんな常識を覆す投手が登場した。大船渡の佐々木朗希である。
高校入学直後に147キロをマークするなど岩手では早くから話題となっていたが、その知名度が全国区となったのは昨年夏の岩手大会だ。初戦でシード校の盛岡三を相手に被安打4、11奪三振で2失点完投勝利を挙げ、最速は154キロをマークしたのだ。今シーズン初の実戦登板となった3月30日の作新学院との練習試合では日米18球団、45人のスカウトが集結。その前でも156キロをマークして改めて能力の高さを見せつけると、翌週に行われた高校日本代表候補合宿では163キロをマークし、日本中の野球ファンの度肝を抜いた。この瞬間から佐々木朗希は高校野球というカテゴリーを超える存在となったと言えるだろう。
春季大会では地区予選の行われる釜石市の平田(へいた)公園野球場に佐々木の姿を一目見ようとファンが殺到。夏の岩手大会では県の高野連が大船渡の試合のために連日対策をとり、多くのマスコミ、一般のファンの対応に追われた。そして決勝戦で佐々木が出場を回避して花巻東に敗れると、その是非を問う議論が沸騰。連日ニュースを賑わせることとなった。冒頭でも触れたが、甲子園に出場せずにこれだけの話題となった選手は佐々木が初めてだと言えるだろう。しかしそれだけの価値が佐々木にあることは間違いない。
分かりやすい指標として『最速163キロ』という数字が取り上げられることが多いが、佐々木の凄さは決してそのスピードだけではない。左足を高く上げても姿勢が全く崩れることなく、十分な歩幅でステップし、下半身でしっかりリードする理想的なフォームからそれだけのボールを投げられるということが得難い長所なのだ。そしてそのポテンシャルはまだまだ底が計り知れないというところに佐々木の最大の魅力がある。岩手大会で160キロをマークした時の映像が7年前の大谷翔平のマークした160キロの映像と並べて流されることがあったが、当時の大谷が全身全霊で腕を振っているのに対し、佐々木はギアを少し上げた程度に見えるのだ。更にストレートだけでなく、腕を振って投げ込むスライダー、チェンジアップ、フォークなどの変化球も間違いなく一級品だ。
岩手大会の決勝で出場を回避したことから今回の日本代表にも選出されるかが不安視されたが、無事に選ばれることとなり、26日の大学日本代表との壮行試合がいよいよ佐々木の“全国デビュー”の舞台となる。甲子園で投げられなかった思いをこの壮行試合、そしてその後のU-18ワールドカップ(8月30~9月8日、韓国・機張)でどのようにぶつけてくれるのか。佐々木の投げる全てのボールから目を逸らさずに注目してもらいたい。
文:西尾典文(にしお・のりふみ)
スポーツライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。