将棋界のパブリックビューイングとも言うべき催し「大盤解説会」。棋士がファンの目の前で対局者の思考を読み取り、かつ検討した上での最善手も提案し、時にはおもしろトークも盛り込まれるもので、毎回盛況となる鉄板イベントだ。2月11日に行われた朝日杯将棋オープン戦の決勝では、準決勝で敗れた藤井聡太七段(17)が、師匠の杉本昌隆八段(51)とともに登場。それだけでファンは大いに沸いたのだが、将棋と同様にトーク力にも定評があるベテラン・木村一基王位(46)の“口撃”に、天才棋士が思わずたじたじとなり、大爆笑が起こる一幕があった。
将棋においては「千駄ヶ谷の受け師」と呼ばれるほど、巧みな守備で相手の攻撃をかわし、つぶし、そして反撃することで知られる木村王位。ただ、これがトークとなると途端に「千駄ヶ谷のウケ師」に変身する。中学デビュー時から比べれば、かなりトークも上達した藤井七段であっても、やはりこのベテラン相手では分が悪かった。木村王位が待つ会場に、杉本・藤井の師弟が入ってきたところから、こんな調子でやり取りは始まった。
木村王位 私がいると、余計なことを聞いちゃって、将棋界の宝に損失を与えてしまうんじゃないかと(笑)師匠がいるので、大丈夫ですかね。で、藤井さんは角換わりが得意中の得意。相掛かり、やらないの?相掛かり。
藤井七段 やらないというわけじゃないんですけど(笑)
木村王位 好きじゃない。
藤井七段 結果的にはやってないです(微笑み)
木村王位 今度見せてくださいよ。矢倉は?
藤井七段 矢倉は公式戦でも何局か。
木村王位 やってるわけですね。じゃあちょっと好きなんですね。
もう、これだけで会場のファンだけでなく、藤井七段本人もみんな笑顔だ。木村王位の攻勢は、まだまだ続く。永瀬拓矢二冠(27)と千田翔太七段(25)による決勝の局面について聞いた場面でもそうだ。
木村王位 この局面、どう思いますか?
藤井七段 えーっと、基本的には先手持ち(千田七段優勢)…。
木村王位 そうですか。もうそのひとことで、会場の人たちみーんな先手持ちになりました。ちょっと聞いてみますからね。先手持ちだと思う人。(会場全員挙手)後手持ちだと思う人(挙手ゼロ)ね?藤井効果ですよ(笑)
もう完全に木村王位のペースだ。ここでようやく師匠・杉本八段にも手番が回る。
杉本八段 木村さんはどっち持ちたいですか?
木村王位 僕、上を持ちたいです(後手・永瀬二冠優勢)
杉本八段 私も大きな声では言えないですけど、上を持ちたいです。
木村王位 なんで大きな声で言えないんですか!
杉本八段 基本的にはねえ。藤井七段が先手持ちって言っていたし(横目で弟子を見る)
ここでようやく「杉本・藤井」組が一本取り返したというべきか、笑いを取り返したというべきか。ところが、ここから木村王位のさらなる猛“攻撃”が始まろうとは、2人は知る由もなかった。そのシーンが、ここだ。
木村王位 今、若手の人って大差になっても投げないんですよ。このベテラン、絶対終盤に間違えると思っているからか、チャンスがあるうちは投げてはいけないと、誰かに教わっているからか。そうなると詰まさないと勝てない。だから詰まそうと思うと、駒を渡す。それでやられちゃう。
杉本八段 でも私たちも若い頃、投げなかったじゃないですか。ベテランの先生に、同じように言われていたと思います。
木村王位 だいたい夜になると(相手が)間違えるんですよ。そう念じて投げなかったですね。何が変わったって、その立場が変わっただけで。藤井さんはベテランの人が、そろそろ間違えるころだろうと考えたことはありますか?
藤井七段 いえいえいえ!!(笑)
杉本八段 なんという答えにくい質問を…(苦笑)
(会場爆笑)
木村王位 そろそろこのおっちゃん、どうにかしちゃうんじゃないかと思ったりしませんか。私が聞きたいんじゃないんですよ。ファンのみなさんの聞けっていう視線がね。で、どうでしょう(笑)
藤井七段 やはり形勢が悪いと自力では勝てないので、なんというか、はい(笑)頑張るしかないのかなと思います。
杉本八段 なんというか、人は必ず間違えるんですよね。それを私も藤井七段に身を持って教えてるんですね。自分が間違えて(笑)
決して長い時間ではなかったが、普段見られない藤井七段の素顔やコメントを引き出したあたりは、さすが木村王位。この顔合わせがまた実現しそうな時には、会場の席もプレミアムチケット化するかもしれない。