「SHOGI AI」をメモリーオーバーさせた藤井棋聖の一手 「“AI対人”を超越した一番の例」
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 藤井聡太棋聖の活躍で将棋中継をインターネットで見る人も増えている中、注目されているのが“どちらが優勢なのか”“次はどんな手を指すのがいいのか”を、その時々で画面上に表示してくれる将棋のAIだ。

【映像】藤井棋聖で注目 “SHOGI AI”徹底解剖

 将棋中継をさらに楽しく見るためにABEMAの将棋チャンネルが開発した、その名も「SHOGI AI」の裏側に迫った。

■3つのAIによる“合議制”、こだわった“人間味”

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 7月16日に行われたヒューリック杯棋聖戦五番勝負の第4局、渡辺明二冠が77手目を指した瞬間、画面上部に表示された形勢判断の数値が藤井棋聖優勢に振れた。藤井棋聖の史上最年少でのタイトル獲得。その一部始終はAIの数字とともに届けられていた。

 今やAIはプロ棋士にとっても将棋中継にとっても欠かせない存在だ。「これは何ですか?4八玉? 何が起きてるんですか、これは」と、AIが示した意外な候補手に解説者がパニックになるシーンも。

 今年1月の本格導入以来、ABEMAの将棋チャンネルで数々の熱戦を盛り上げてきた「SHOGI AI」。そのコンセプトについて、ABEMAの最高放送技術責任者で開発の中心人物である藤崎智氏は次のように話す。

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 「もともと(AI評価値が)500とか1000あるが、いろんな人に聞くと全員が『1000点だから何かわからない』と言う。4000だから勝っているのか、勝ってはいるんだけどどれくらい勝っているのかがわからない。なので、世間的に一番わかりやすい“%”にした」

 「SHOGI AI」の最大の特徴は、その時点での棋士が勝つ確率をAIが予測し、画面上部の「勝率ウインドウ」にパーセンテージで示すこと。画面右には「候補手」が、一番良い手(=最善手)から最大で5つまで表示される。

 実は「SHOGI AI」、3つのAIがそれぞれ独自に局面を判断し、さらにもう一つのAIがそのうちの一つを採用するという複雑な仕組みになっている。

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 「AIにも得意・不得意があって。対局者がどんな戦法でくるのかというので、平均を出すために3つのAIが『合議制』になっている」(同)

 では実際にどのように判断が行われているのか。特別にその様子を見せてもらった。例えば7六歩を指してみると、7六歩に対して3つのエンジンが計算を始めて次の手を出す。

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 「SHOGI AI」で上に示される勝率は、次に最も良い手が指されると想定してのパーセンテージだ。最善ではない手を指した場合、すぐ横に出ているマイナスの数値分、勝率が下がる仕組みになっている。

 そして、藤崎氏がこだわったのがAIの判断に“人間味”を持たせることだった。

 「AIはとにかく疲れを知らない。でも人間は疲れてくるので、終盤の方は接戦になってくるとちょっとパーセントを調整してくる」(同)

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 さらに、AIが仮に100%勝つ道筋を見つけていても、「勝率100%」には絶対にしないという。

 「人間が指すので、1%絶対間違えることがある。1%だとまだ逆転の余地があって、人間が頑張るのはそこだと思う」(同)

■「地雷原を歩いている状態」を可視化、最善手ではない時こそ注目を

 こうした“人間味”のある「SHOGI AI」の導入によって、ABEMAの将棋中継に新たな魅力が生まれている。

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「本局初めて藤井七段が今62%ということで、数値的には大きく動きましたね」(村中七段)

「怖いですね、将棋は怖いっすほんとに一発で」(飯島七段)

「あれ?互角になってますよ。また元に戻ってますよ」(飯島七段)

「すごいですね、これは。将棋は面白いですね、本当に」(村中七段)

 ヒューリック杯棋聖戦の挑戦者決定戦で、AIの数値に一喜一憂する解説のプロ棋士。彼らはAI中継をどう思っているのか、この時の担当だった飯島栄治七段を直撃した。

 「ヒントになる部分、プラスになる部分が解説者にもあるので非常に私自身はやりやすい」という飯島七段。一方で、解説者に新たな技術が求められているとも話す。

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 「トーク力も大事だが、ある程度AIを日ごろから動かして、AI的な手というのがわかるような棋士じゃないと解説が務まらない。藤井さんは(AIを)すごくうまく使っている」(同)

 藤井棋聖の対局をめぐって、「SHOGI AI」の責任者である藤崎氏には苦い思い出がある。

 「あまりにも不思議な手を指されて、メモリーがオーバーしてしまったことがある。メモリーオーバーで2回、リアルに落ちた」

 その藤崎氏が「あれは鳥肌が立った。正にAIを超えた」と驚いた藤井棋聖の大一番が、渡辺二冠との棋聖戦第1局だ。

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 終盤、AIの勝率で82%対18%と藤井棋聖が渡辺二冠を追い詰めた場面。これ以上守っても難しいと見た渡辺二冠は勝負に出て、怒涛の連続王手が始まる。

 藤井棋聖の王将は詰むのか、プロ棋士ですら行方が読み切れない。渡辺二冠がさらに王手。すると、AIは2つの選択肢を示す。最善手ではない「同玉」を選ぶとマイナス96%、大逆転だ。藤井棋聖の手は最善の「8八玉」。この後、ひとつ選択を間違えれば逆転という状況が延々と続く。

「常に爆弾を解体している状態。どっちが赤か青か切るというのを、多分16回くらいやり続けていた」(藤崎氏)

「僕は地雷原を歩いている状態かなと思った。地雷原を歩いて間違えると終わってしまう」(飯島七段)

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 渡辺二冠134手目の王手。AIの最善手は、銀で桂馬を取る「同銀」だ。他の候補はすべてマイナス97%。まさに天国か地獄か。

 藤井棋聖の手は最善の「同銀」。続く6九銀に対しても、最善手以外はマイナス97%に。渡辺二冠8手目(140手目)の王手も二者択一だが、藤井棋聖は正解。しかし、執念で王手をかけ続ける渡辺二冠。

 ついに連続16手目の王手。この時の藤井棋聖の最善手が、逆に渡辺二冠に王手をかける「逆王手」だった。

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 16手続いた王手にすべて、「SHOGI AI」が示す最善手を指し続けた藤井棋聖。将棋の魅力が最大限に引き出された、記憶に残るクライマックスとなった。

 飯島七段もドキドキしながら見守りつつ、藤井棋聖の精神力に驚いたという。

 「王様を逃がしたりとかスリルを楽しんでいる。普通は楽しめない。あれが藤井さんの一番の武器を見せつけた」

 藤崎氏は、AIがあることでさらに緊張感が増したと指摘する。

 「AIがあるから『これってこっちに逃げたらもう99%逆転するんだ』という状況が対局者以外にもわかる。AIじゃないと、たぶんこのドキドキはわからない」

 その上で、今後の将棋中継の楽しみ方として、AIのおすすめと違う手が指された時こそ注目してほしいと勧めた。

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 「指さなかった理由がトラップ(罠)なのか、本当に悪手なのか、何か考えてるんじゃないか。そこはAIでは表現できないけど、人間として『あの時あの人はなんでこれを指したんだろう?』『なんでベストじゃないのに勝ったんだろう』というのが、『SHOGI AI』の面白いところ。見ている方も『こういう風なことだったんだ』というのをわかっていただけたら」(同)

■「AIと人は共存していくもの。『SHOGI AI』は“AI対人”を超越した例」

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 「SHOGI AI」について、BuzzFeed Japan記者の神庭亮介氏は「16手連続の王手、やるかやられるか一進一退の攻防を%で見ることができて、手に汗握るものがあった。言い方が適切かわからないが、すごくゲームっぽいというかeスポーツのような感覚。ABEMAはこれまでにも、相撲中継を格闘ゲームっぽく見せるなどの試行錯誤をしてきた。これを『邪道だ』という人もいるかもしれないが、多分そういう人を対象にしたサービスではなく、どちらかと言えばライトファン向け。そこまで将棋に詳しくない人も含めてeスポーツのように楽しめるという意味で、裾野を広げる取り組みとして面白いと思う」と話す。

 「AIと人」は何かと比較されがちだ。しかし、神庭氏は「AI vs. 人間」という図式は時代遅れだと指摘する。

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 「AIは人の暮らしを良くする、便利にするための道具であり、共存していくもの。今は過渡期なので、どうしても“AI対人”という騒がれ方をされがちだが、ゆくゆくは『そんな時代もあったね』となっていくと思う。藤井棋聖自身、AIを使って将棋を研究していると言っていたし、一方で藤井棋聖が思わぬ一手を指したことによってAIがメモリーオーバーしたという話もあった。そうやって、相互に高めあっていければいい。ウサイン・ボルトと自動車を比べて速い・遅いと言う人がいないように、藤井棋聖はAIと比べたりしなくても『ただただ、すごい』ということだ」

 その上で、「『SHOGI AI』は将棋中継のエンタメ化を手助けし、将棋をより親しみやすいものにしてくれた。 “AI対人”の構図を超越した、まさに一番わかりやすい例だと思う」とも述べた。

(ABEMA/『ABEMAヒルズ』より)

藤井棋聖で注目 “SHOGI AI”徹底解剖
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