“元夫を逮捕”報道に批判噴出…大手メディアがテンプレ・横並びから脱するには?
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 先月末、ある一般男性が覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕されたというニュースを大手メディアが一斉に報じた。しかしその直後、「女優Yさんの元夫X容疑者を覚せい剤使用の疑いで逮捕した」という、その報じ方に批判が殺到した。確かに2人は元夫婦であり、共に薬物の所持・使用で逮捕された過去もある。しかし既に罪を償い、離婚も成立しているからだ。

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 こうした大手メディアのあり方に、「今の報道って勝ち負けじゃなく、価値の有無に変わっているはずなのに、考えが古い。だから時代と合わなくなる」「マスコミとはマスコミニケーションの略語だけど、コミュニケーション能力が低いように思う。一つの会社に居過ぎて、一般の人たちの感覚とかけ離れていると感じる」「コロナ報道も偏っているし、今さらマスコミに公平な報道とか無理」といった厳しい意見も少なくない。

 そこで16日の『ABEMA Prime』では、今回の問題をフックに、メディアの問題点について議論した。

■「他もやっているからいいでしょ?やらなければ数字が取れないでしょ?」

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郭晃彰(『ABEMA Prime』チーフプロデューサー):ある種、“脊椎反射”的に、芸能人、薬物、不祥事、関心高い…みたいなことで“テンプレ化”している部分があるのだと思う。

水曜MCで作家の乙武洋匡さんが「これ意味あるの?」というようなことをツイートしているのを見て、冷静に考えればその通りだと思い、ABEMA NEWSとしては掲載を落とした。ただ、本当は流す前に考えなければならないことだった。これまでABEMA Primeでは薬物やアルコールなど依存症の問題を比較的多めに取り上げてきたし、自分でも詳しいつもりになっていた。しかし、こういうニュースが来たときに反応ができなかったこと。恥ずかしいことだし、刷り込みがあると感じている。それで、この機会に議論したいと思った。

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平石直之テレビ朝日アナウンサー):二人はすでに元夫と元妻。別々に暮らしているわけだし、今回の逮捕容疑に関して言えばXさんは全く関係がないどころか、報道が活動にも影響を及ぼしかねない。Xさんの名前が無ければ人々が思い出せない人物のニュースだったとしたら、そもそも取り上げる意味があったのかという問題にもなってくる。

速水健朗(ライター):「他もやっているからいいでしょ?やらなければ数字が取れないでしょ?」ということで横並びになっているんだろう。仮に自分たちだけが掴んだ独自情報だとしたら、むしろ躊躇したと思う。僕は結構“ニュース・マニア”なので各社の報道を見ているが、今日起きた中でこれを取り上げる、この角度から、こういう批判をする、という議論の前に、「他もこれをやるんだよね」という前提で取り扱うネタを決めていることが多いのではないか。

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平石:それは言い方を変えれば、どこも突出していないということ。だから批判があっても皆で受けている感じになり、「自分だけの責任じゃないから」という感覚になりやすい。とてもいけないことだと思う。

簡単に言えば、キャッチーなもの、視聴率の上がりそうなものを「型」のようにやっていく、その訓練を日々積んでいく。そして時間に追われる中、この「型」にはめていくようなことをする。だから似たような報道が出てくる。とにかくすぐに現場に行くということについても、考えるよりも先に体が動いているところがある。それ自体が必ずしもダメだとは思わないが、やっぱり見直すことが必要だと思う。

■「メディアは“懲罰機関“にもなってしまう」

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若新雄純(慶應大特任准教授):偏らないようにしようとした結果、変な意味で横並びになってしまうのだとしたら、いい意味で偏ってもいいのではないか。つまり、今回の報道に関して、Xさんの名前を出せなければニュースバリューが無いというのなら、「そもそも報じない」、という判断もありえるのではないか。取材に関しても、視点が見落とされてしまったり、癒着が生じて真実が暴けなくなってしまったりするからこそ、各社がバラバラに行くっているのだと思う。しかし出てくるものの方向性が全て横並びなら、当事者にとってはただの迷惑。どこか一社が代表して現場に行けばいい。

堀潤(ジャーナリスト):速水さんは『TOKYO SLOW NEWS』(TOKYO FM)に出演されて、“スローニュース”という概念を実践されているが、速報についても、はっきり言えば官の“発表物”に近い。本当は、「逮捕されたけど、誤認じゃないの?裁判もやってないけど、これ伝えていいんだっけ?」と踏み止まるのが役割なんじゃないか。

芸能人が警察署から出てきて頭下げる場面が報じられるが、あんなにカメラ並べる必要はない。アメリカの場合、CBSが撮った素材をCNNがそのまま使えるようになっていたりする。日本も各局で素材を使い回してもいいんじゃないか。

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郭:他が持っている商品を持ってないことが怖い、Xさんの名前を付ければ取れたはずの数字を考えると怖い。そういうことで捨てきれないのだと思う。

森達也(映画監督・作家、明治大学特任教授):こういう時、えてしてスタッフというのは裏方に回ろうとする。だから郭さんが顔を出して番組に出てらっしゃるということ自体、とても大事なことだ。毎日出た方がいいんじゃないか(笑)。

郭:4年前にABEMAに来る前は地上波に7年いたが、批判は番組とか局とかに向いてくるだけで、自分自身の報道姿勢や意見には向かってこない。「ディスられてるな」「あんまり信用されてないんだろうな」とは思っていたものの、自分の名前でTwitterをやらせてもらってネットの声に直に触れて初めて、そこのディスコミニケーションが結構あるな、もっと声に耳を傾けて議論するのが大事だなと思った。だからこそ、こういうテーマもセッティングできる。逆に、このテーマで議論するだけで立派だとか言われると…。

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森:そもそも、メディアは報道機関であると同時に、“懲罰機関“にもなってしまうということだ。社会もまた懲罰を求めているわけだが、それに応えるべきか、という議論もあっていいもいいのではないか。本来、容疑者もしくは被告人は無罪を推定される存在、つまり前提には「推定無罪の原則」があるはずなのに、メディアが報道した段階で、ほぼ“クロ”になってしまう現状があるということだ。

もう一つは、市場原理の問題だ。「ニュースバリュー」という言葉が出てきたが、それを決めるのは誰なのか。プロデューサーか、デスクか。あるいは社会か。覚醒剤による逮捕そのものにはニュースバリューはほぼないが、そこにXさんの名前が付くことでニュースバリューを持ってしまうというのは、そう感じる社会の存在があるからだ。たしかにメディアにもひどいところはたくさんあるが、それは同時に社会が劣化しているからだという意識もみんなが持ったほうがいい。逆に言えば、みんながリテラシーを持ち、情報に対して正確に認識すれば、メディアなんてあっという間に変わると思う。

■「みんなが会社員だから、うまく機能していない」

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堀:僕は森さんの“本当にカメラを向けるべきはこれなんじゃないの”という『A』『A2』を学生時代にリアルタイムで見ていたし、当時は2ちゃんねるがスタートした時代でもあったので、マスコミには問題点があるよね、という感情を持ってNHKに入った。原発の報道について、「なんでこれを伝えてくれないの?」という要望を各地で受けた。悶々として、報道局長のところに行って「なんでこれはやれないのか」「見て下さい。SNSでも、批判だけじゃなくて期待の声もあります。このまま放置していいんですか」と詰め寄った。同じ仲間たちの中にいると、なんとなくズレてきちゃうんだなって。

速水:正直、そういう側面は本当にあると思う。テレビ局の報道部門の人たちって、他の部門の人たちよりもちょっと偉そうだ(笑)。自分たちが正義なんだと思ってニュースをやっている人もメチャメチャいると思う。一方で、報道機関が実名を出すことでネットに残ってしまうという問題もある。これは検索サイトと知る権利、忘れられる権利の話だ。

例えば大企業や政府が表に出さない話について、国民には知る権利があるから、報道機関の必要性が出てくる。しかし報道機関が強くなりすぎること、過剰報道されることに対するプライバシーを守る権利という議論が出てきた。ただ、検索サイトに残り、上位に残ってしまうというのは、知る権利を守ることが優先されているというか、アルゴリズムによってメディア的な出す・出さないの判断が加えられていない結果だ。メディアの自覚がないプラットフォーム企業の問題の議論もしなければならないという、複雑な事情もある。

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森:そのネットのプラットフォームとテレビ局、新聞社、出版社が違うのは、まさにジャーナリズムの意識があることだし、記者やディレクターなど、ひとりひとりがジャーナリストであることだ。

そうであれば、自分が現場で何に怒りを感じ、何に共鳴し、何を伝えたいと思ったのか。現場がそれぞれ違った判断のもと、記事にしたり映像にしたりするはずだ。ところが日本の場合、それがうまく機能していない。理由は、みんなが会社員だからだ。“一人称単数の主語”を持たず、「これを落としたらまずい。上司に怒られる」、あるいは「これだったら数字が取れる、部数が増える」と考える。もちろん営利企業なんだから、そういう論理も必要だ。でも、欧米のメディアに比べて、そういう“個の意識”が違うんじゃないか。

背景には、日本人が持つ集団、組織との親和性の高さがあると思うし、高度経済成長みたいなものを成し遂げることができたのも、そういう集団があったからだと思う。でも、これだけ社会が複雑になった時代、ジャーナリズムにおいても集団ではなくて個の力の方が重要になってくるはずだ。ジャーナリズムが三流のままなら、社会もゴミだし、その社会が選んだ政治家もゴミ、結果として、日本は三流国になってしまう。もう本当にやるしかない。変わるしかない。しっかりとした個を持った人は、実は組織の中にたくさんいる。みんな歯ぎしりしながらやっていることを僕は知っている。そういった人が報われるようにならなければいけない。

■「みんなで言い合うことで中立性を担保しないといけない」

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若新:僕らみたいなコメンテーターが重宝されている理由も、そこにあると思う。出演するようになる前は、取材しているテレビ局の人は意見も持っているはずなのに、どうしてわざわざコメンテーターがコメントするんだろうと思っていた。でも、テレビ局としては、「いやもうそれは事実だけなんで。自分らの意見はちょっと言えないんで、みなさんはいかかでしょうか。言ってもらっていいですか」ということだ。

速水:アメリカのニュース番組との比較で言えば、アメリカの報道番組には「コメンテーター」の代わりに「ニュースアンカー」という人たちがいる。日本ではアンカーは角度を持って自分の意見を言うキャスター、進行役だが、アメリカではアンカーは自分の意見は言わず、専門家や現場の記者に質問をするだけ。「例えばこういう見方もありますよね」という、僕たちコメンテーターのような発言をしてはダメだ。フリップで説明するということも、ほぼない。じゃあ誰が意見を言うかと言えば、それはテレビの外だという感じがある。ただ、それが必ずしもいいとは限らないし、尖った意見も出る日本の番組の方が面白さもある。

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森:アメリカ大統領選の報道を見ながら不思議に思った人もいると思うが、例えばFOXは共和党を、あるいはワシントンポストは民主党を支持する。報道機関だけではない。ハリウッドスターも、自分たちの政治的なスタンスをはっきりと口にする、その上でデモクラシーを担保する。あるいはイギリスの公共放送BBCも、ルールは何もない。だから番組ごとに政権寄りだったり、野党寄りだったりする。プロデューサーもディレクターも違うんだから、全部が違って当たり前だ、みんなが色々な言いたいことを言い合うことでフェアネスを担保する、という方向性だ。

それが日本では、ルールはないけれど、なんとなくみんなが一つの方向に染まってしまう。そして違うことを言ったら「放送法第4条に抵触するんじゃないか」みたいなバカげた議論になって叩かれてしまう。もっともっとみんなが自分のスタンスを言明して、自由に議論する。そのことによってフェアネスを担保すればいい。選挙報道が一番いい例だが、選挙期間に入ると、みんなが沈黙する。その結果として中立性を保っていると言うが、それはおかしい。もっとみんなで言い合うことで中立性を担保しないといけないと思う。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

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